Samuel、前事務所との対立・父親との悲しい別れも「辛い時期を経てもう一度音楽を始めた」

Samuelは最近、OSEN社屋でニューシングル「ROCKSTAR」の発売記念インタビューを行い、作品について語った。
ニューシングル「ROCKSTAR」は、Samuelが約1年ぶりに韓国で披露するヒップホップジャンルの楽曲。彼はこの曲で本格的な韓国活動再開を知らせた。
先立ってSamuelは2019年から元所属事務所との紛争が始まり、その後、父親の死亡のニュースが報じられ、長い間活動を中断していた。当時、アメリカで自動車の代理店と不動産会社を運営していたSamuelの父親が突然殺害されたと報じられ、現地はもちろん韓国にも大きな衝撃を与えた。
大変な時間を乗り越えたSamuelは昨年、5年ぶりにニューシングル「NOW」をリリースし、今回のシングル「ROCKSTAR」を通じて本格的な活動を開始した。
彼は5年という空白期について、「歌手はずっと忙しくなければならないですし、ずっとステージに立たなければ心の炎が消えてしまうものですが、空白期が長すぎて、炎は消えなかったものの、ある意味でマッチが足りない時期でした。炎を大きくしなければいけないのに、だんだん減っていく感じがしました。そのような時期でしたし、前の事務所との問題や父のこと、新型コロナウイルスまで、その3つが一度に来たので、精神的にもすごく大変でした」と打ち明けた。
当時の心境を尋ねると、Samuelは「実はあの時、ちょっとアメリカに行って、久しぶりにお父さんと話をしてから、1週間後にあのようなことが起こったんです。当時は健康面でも精神面においても、自分が自分を苦しめていたように思います。一日でも早く立ち上がらなければならないのに、それがうまくいきませんでした。むしろ一人でいる時間が多くなり、音楽をやりたくなくて、やめようと思うこともありました。一方で、家族やお父さんのことを考えれば、息子が好きなこと、得意なことをすれば、自分自身も自信を持って堂々と見せることができますし、お父さん、お母さんも息子を誇りに思うことができるので、自分が一番好きなことは何だろうともう一度考えました。それが結局は音楽でした。だから再び音楽を始めました。その後の空白期は、練習や音楽制作、自己啓発をたくさんした時間でした」と明かした。

コロナ禍に音楽作業に没頭したという彼は、「当時は外に出られないので、家で何ができるか考えて、パソコンを買って音楽を作ろうと思いました。健康的な心と体のために運動をして、自分自身をより一層成長させるために音楽制作を始めました。コロナが少しずつ落ち着き始める頃に練習室が使えるようになり、その時から毎日練習室に行って練習して、歌を歌いました」と当時を振り返った。
5年という期間について「早く戻ってきたかったけれど、僕の準備ができていなかったんです。ファンの方々のことを考えて早く戻ってきたいと思ったけれど、空白期は始まっていたので、戻るなら時間がかかっても、しっかり準備して戻ってこようと思いました。時間がかかりました」と打ち明けた。
2015年、1PUNCHというヒップホップデュオでデビューしたSamuelは、すでにデビュー10周年を迎えた。幼い頃に始めた歌手活動について尋ねると、彼は「ただただ音楽が好きでこの仕事を始めました。ビジネスとかそのようなことを考えずに、音楽が好きだから何でもやりたかった年齢でした」と答えた。
続けて「今思えば、当時は本当に純粋だったと思います。頭の中に何もなく、ただの子供だったと思います。今は成長しました。様々なことを早くに経験したけれど、そのような過程があったからこそ、今の自分の姿が素敵になったのではないかと思います」とつけ加えた。
Samuelというアーティストはどのように定義できるだろうか。彼は「僕はパフォーマンスに強いアーティストだと思っています。今後はも当然ダンス音楽はやりたいですし、バンド音楽もやってみたいですし、とにかくスペクトルは広いと思います。僕も曲を書くので、歌うスタイルも多様になりました。常に新しくて良い音楽を発表したいという気持ちは誰にでもあると思いますし、楽しい音楽をやりたいです」と語った。
最後にSamuelは、長い間自分を待っていてくれたファンに「久しぶりにカメラに映った僕の姿はぎこちないと思うけれど、それでも歓迎して、たくさん応援してほしいです。これから僕の活動を通して様々な姿と楽しい時間を一緒に過ごしてほしいです」と伝えた。
- 元記事配信日時 :
- 記者 :
- チ・ミンギョン
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