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「馬医」の固定したキャラクター設定、退屈ではありませんか?

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一貫して対比される善悪のキャラクター、今や変身が必要

ドラマの放送中に登場人物のキャラクターが変化してしまうことは、愉快なことではない。そうなると一貫性のある展開はもちろん、視聴者の感情移入までも妨げかねないためだ。しかし例外はある。説明できないほどの変化ではなく、成長していくキャラクターの場合だ。それが十分に説得力のあるストーリーの中で行われれば、更に歓迎されるだろう。

写真=MBC
「馬医」の場合はどうだろうか。逆にこのドラマの登場人物のキャラクターはあまりにも一貫性がありすぎて、むしろ退屈に感じてしまう。ドラマのスタートから後半に向かっている現在に至るまで、ほとんど変わらないキャラクターの平面的な設定のことである。

「馬医」は低い身分にもかかわらず御医(オイ:王の主治医)となったペク・クァンヒョン(チョ・スンウ)という人物について描いたドラマだ。この類いのドラマで勧善懲悪などの教訓が自然に表現されることはおかしなことではない。しかし主人公が成し遂げるものが、善と悪の対決の中から見つけ出されてばかりでは、それほど面白くないことは無いだろう。

「馬医」でのキャラクターは、善人か悪人のいずれかだ。更に物足りないのは、前者の場合は苦悩する成長型のキャラクターであることに比べ、後者はただ確執を引き起こす材料として使われるだけだ。事件を展開する方法においては、蓋然性よりは偶然や無理強いが頻繁に使われる。

悪役が主人公たちの逆境克服記の道具として使われることで、視聴者にカタルシス(解放感)を与えるとの見方に異見は無い。また主人公たちの善良さを目立たせ、短調なストーリーにスパイスとして使うことは仕方がないとしても、「馬医」の悪役たちが物心両面で、主人公に害を与えることだけに没頭する姿には少し飽きているのも事実だ。

ドラマでイ・ミョンファン(ソン・チャンミン)をはじめとする悪役たちは、事件を起こすことに対し全く罪悪感を感じず、目的のためなら手段を選ばない。ここで善良な主人公たちとの比較が行われ、簡単に白黒の見分けがつく。しかし、このように明確な対比を見せるドラマで深みを探すことは簡単ではない。

ペク・クァンヒョンには、コ・ジュマン(イ・スンジェ)のようなメンターもおらず、ユン・テジュ(チャン・ヒウン)のようなライバルもいない。ただイ・ミョンファンなどの善意の欠けらもない人物や、クォン・ソクチョル(イン・ギョジン)などの卑劣な人物たちの間で目的を成し遂げていかなければならない。期待するにはどこか物足りない対決に違いないのだ。

幸いなことは、第40話でチェ・ヒョンウク(ユン・ジンホ)という人物が見せた行動である。彼は結局自身の薬で王を治療したことを知ってからも、イ・ミョンファンとは違い、熟慮する態度を見せた。また生命をもっとも大事に思うペク・クァンヒョンに「大事な人が死ねば君も僕のようになるだろう」と、意味深な発言をした。普通ではない過去があることを見せると同時に、深みのある悪役になるのではないかと期待させる部分だ。

「馬医」はいよいよ後半に向かっている。今後それぞれのキャラクターに、より豊かな設定が施されることを期待したい。
元記事配信日時 : 
記者 : 
ハン・ギョンヒ

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