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ミン・ギュドン監督、新型コロナウイルスに感染…接触した可能性のあるオム・ジョンファは「2020 MAMA」不参加に
ミン・ギュドン監督がPCR検査で陽性判定を受けた中、動線が重なったことが確認された俳優たちが検査を受け、自主隔離している。妻のホン・ジヨン監督と俳優のユン・ギョンホ、アン・セホは陰性判定を受けた。7日、「忠武路(チュンムロ)映画祭」側によると、ミン・ギュドン監督は6日、PCR検査で陽性判定を受けた。2日に新型コロナウイルス感染者と接触し、5日に検査を受け、6日に陽性判定を受けたという。これを受け、5日に閉幕した「第5回忠武路映画祭-ディレクターズ・ウィーク」に出席した他の監督や俳優、スタッフのうち、ミン・ギュドン監督と動線が重なっていることが確認された人々がPCR検査を受けた。女優のオム・ジョンファ、ユン・ギョンホ、アン・セホなどだ。1日、映画「ニューイヤー・ブルース」の制作報告会に出席したミン・ギュドン監督の妻ホン・ジヨン監督は、陰性判定を受けたという。オム・ジョンファの所属事務所であるSARAMエンターテインメントは6日、OSENに「弊社所属の女優オム・ジョンファは今日の午後、感染者と動線が重なったことを知り、万一の事態に備えて自ら検査を受けて、現在自己隔離を行っている。したがって、今日プレゼンターとして出席する予定だった『2020 MAMA(Mnet ASIAN MUSIC AWARDS )』にはやむを得ず出席できなくなった。関係者および視聴者の皆様にご理解いただきたい」と話した。ユン・ギョンホは7日午前、PCR検査で陰性判定を受けた。彼の所属するマネジメントKOOの関係者は同日、OSENに「俳優ユン・ギョンホが検査の結果、陰性判定を受けた。ドラマ『昼と夜』の撮影は問題なく進むとみられる」と明かした。またアン・セホの所属事務所であるStory J Companyもこの日、OSENに「俳優アン・セホがPCR検査を受け、陰性判定を受けた」と伝えた。・イ・ヨンジュ監督からイ・ビョンホン監督まで「第14回ミジャンセン短編映画祭」10人の審査委員を発表!・パク・ソジュンからイ・ジョンジェまで「2020 MAMA」にプレゼンターとして登壇!豪華すぎる俳優ラインナップを発表・【PHOTO】ユ・ヨンソク&イ・ヨニ&キム・ガンウ&少女時代 スヨンら、映画「ニューイヤー・ブルース」制作発表会に出席
イ・ヨンジュ監督からイ・ビョンホン監督まで…「第14回ミジャンセン短編映画祭」10人の審査委員を発表!
今月25日に開幕する「第14回ミジャンセン短編映画祭-ジャンルの想像力展」の競争部門の審査委員リストが公開された。16日、「第14回ミジャンセン短編映画祭」側によると、今年の映画祭は「建築学概論」のイ・ヨンジュ監督が審査委員長を務め、代表執行委員にはミン・ギュドン監督をはじめ、カン・ヒョンチョル監督、プ・ジヨン監督、パク・ジョンボム監督、カン・ジナ監督、オム・テファ監督、ヤン・ウソク監督、イ・スジン監督、イ・ビョンホン監督といった計10人の監督が審査委員として活躍するという。10人の監督は各ジャンルの審査を通じてコンペティション部門に進出した57本の上映作品のうち、「第14回ミジャンセン短編映画祭-ジャンルの想像力展」を輝かせる最高の韓国短編映画を選ぶことになる。2012年から「ミジャンセン短編映画祭」の執行委員として活動しているイ・ヨンジュ監督は、2012年に代表執行委員、2011年から2013年までの3年間は競争部門の審査委員として活躍してきたが、今年は「第14回ミジャンセン短編映画祭」の審査委員長という重大な役割を担うことになった。また今年の審査委員は多様な趣向や視線が反映されるように構成された。商業映画と独立映画を区分せず、新人監督と中堅監督がバランスよく配置された。特に、新しい監督が4人も合流し、ジャンルごとに斬新な審査委員の構成が行われた点が目立つ。今年初めて審査委員に選ばれたプ・ジヨン監督、ヤン・ウソク監督、イ・スジン監督、イ・ビョンホン監督には、最近公開されたデビュー作や2作目の長編映画を通じて早くも実力を認められ、今後最も注目すべき底力のある監督に挙げられるという共通点がある。それぞれ異なる性向やジャンルで映画の経歴を積み重ねてきた4人の監督が「第14回ミジャンセン短編映画祭」に一緒に参加することで、彼らの多彩な視線が審査にも活気を吹き込んでくれることと期待を集めている。計57本のコンペティション部門の上映作品のうち、18作品が進出した最も競争率の激しいジャンルは「悲情城市(社会的な観点を扱った映画)」だ。この部門の審査は今年の審査委員長であるイ・ヨンジュ監督とプ・ジヨン監督が担当する。「ミジャンセン短編映画祭」で様々なジャンルの審査委員を務めてきたイ・ヨンジュ監督だが、今年は初めて「悲情城市」ジャンルの審査を選んだ。2014年に公開された2作目の長編映画「明日へ」でサービス業従事者たちの厳しい労働環境を鋭く捉え、弱者の小さいけれど大きな声を優れた完成度で描いたプ・ジヨン監督も自分が審査するジャンルに「悲情城市」を選んだ。「愛に関する短いフィルム(恋愛ドラマ)」部門の審査では、今年の代表執行委員であるミン・ギュドン監督と新たに合流したヤン・ウソク監督が息を合わせる。今年でこのジャンルの審査が5回目になるミン・ギュドン監督は、恋愛映画専門監督としての強みを明確に示した。そんな彼とは反対に、常識が通じない時代に対抗して闘争する庶民的な英雄の物語で100万人の観客に感動を与えた映画「弁護人」のヤン・ウソク監督は、人々の予想に反して「愛に関する短いフィルム」の審査委員に選ばれた。恋愛ドラマの大御所ミン・ギュドン監督と意外なジャンルに挑戦するヤン・ウソク監督の新鮮な視線がどんな相乗効果を生み出すのか関心が集まっている。「愛に関する短いフィルム」部門の本選には恋愛の様々な姿を落ち着いた長い呼吸で見せる11本の短編映画が挙がっている。意味深い笑いを交わす9本の短編映画が上映される「喜劇之王(コメディー)」部門では、独立映画界のスター監督と呼ばれる「ミジャンセン短編映画祭」出身の2人の監督、パク・ジョンボム監督とイ・スジン監督が出会った。パク・ジョンボム監督は「ミジャンセン短編映画祭」の受賞作「125 チョン・スンリョル」、2011年の世界有数の国際映画祭で17個の賞を受賞した「ムサン日記~白い犬」、最近の公開作「生きる」に至るまで評壇から支持を得ている。2014年に長編デビュー作「ハン・ゴンジュ 17歳の涙」で韓国国内外の映画祭を席巻したイ・スジン監督は、過去に3本の短編映画が「ミジャンセン短編映画祭」の本選に挙がったことがある。そのうち「敵のリンゴ」で2008年の「第7回ミジャンセン短編映画祭」の「悲情城市」部門で最優秀作品賞、演技賞の2冠を受賞し、その実力を早くから認められていた。イ・スジン監督にとっては自分が受賞した「ミジャンセン短編映画祭」に審査委員として7年ぶりに戻るという点でも特別な意味がある。一方、「絶対悪夢(ホラー、ファンタジー)」部門では「ミジャンセン短編映画祭」出身の2人の若い監督、カン・ジナ監督とオム・テファ監督が情熱的な審査を繰り広げる。1981年生まれの同い年である2人は「ミジャンセン短編映画祭」で受賞した後、2013年に2人とも長編デビュー作を披露して注目を浴びた。まず、カン・ジナ監督は2009年に「第8回ミジャンセン短編映画祭」で最優秀作品賞を受賞した「Be With Me」を長編「幻想の中の君」に拡張させ、繊細なタッチで恋愛ドラマの新世界を見せてくれた。そして、オム・テファ監督は2012年に「第11回ミジャンセン短編映画祭」で大賞を受賞した「森」、長編デビュー作「イントゥギ」など話題を集める強烈な作品を披露してきた。エネルギッシュな2人の監督が、想像力あふれる恐怖を見せてくれる9本の映画を審査すること自体が興味深い。最後に「4万回の殴打(アクション、スリラー)」は審査委員である監督のジャンル選択で最も期待されている部門だ。「過速スキャンダル」「サニー 永遠の仲間たち」「タチャ-神の手-」で緊迫感あふれるジャンル的な面白さや完成度を見せてくれたカン・ヒョンチョル監督と、20歳の若者たちのドタバタ成長映画である「二十歳」で若い観客の支持を集めたイ・ビョンホン監督が審査委員を務める。これに先立ち、監督と脚色者として素晴らしい相性を見せた2人の監督が今回は審査委員として再会し、最高の化学反応を披露する見込みだ。「4万回の殴打」部門には肉体の緊張がそのまま伝わるスリラーと汗臭いアクションなど10本の短編映画が本審査を待っている。「第14回ミジャンセン短編映画祭-ジャンルの想像力展」は、今月25日(木)から来月1日(水)までアートナイン、MEGABOX梨水(イス)店で開催される。
ミン・ギュドン監督「『背徳の王宮』は俳優に恵まれた作品…僕の思いに共感してくれて感謝」
ミン・ギュドン監督と言えば繊細さがまず先に思い浮かぶ。彼が手がけてきた作品を見れば、繊細さを思い浮かべるのも無理ではない。「私の生涯で最も美しい一週間」「アンティーク~西洋骨董洋菓子店~」「キッチン」「オガムド~五感度~」そして「僕の妻のすべて」まで。あえて性別を分けるとしたら、ミン・ギュドン監督の映画は女性に近かった。しかし、「背徳の王宮」は少し違う。繊細さ、女性らしいタッチはあるが、この作品を見てすぐにミン・ギュドン監督を思い浮かべることはできない。ミン・ギュドン監督の初の時代劇であるということや、男性中心の衝撃的な題材のためである。燕山君(ヨンサングン:李氏朝鮮の第10代国王)のために全国から1万人の美女を集める採紅使(チェホンサ)という題材を披露するミン・ギュドン監督は、映画上映中ずっと観客に衝撃を与え続ける。監督本人もこれが観客に衝撃を与えるであろうことはよく認識していた。しかし、それを避けて通りたくはなかった。採紅という事件が発生した悲しい過去を正面から見つめなければならないと考えた。そこから今の「背徳の王宮」が誕生した。しかし、時には「やりすぎだったかなと思う時もある」と話して笑ってみせるミン・ギュドン監督であった。 「これまでなぜ採紅に関するストーリーが扱われていなかったんだろうと考えてみました。数多くの宮中の暗闘の中で、女性はただのエキストラに過ぎなかったと思われていたのでしょう。そのため、採紅使のストーリーを描いて、15歳観覧可にするのは生齧りに終わってしまうと思いました。過去を直視するには様々な方法がありますが、正面から見つめてこそ自由になれると思いました。だからもう少しリアルな描写をしようと思いました。時間が経って、やりすぎだったかなと思うかもしれませんが(笑) 今は自分が熱くなっている状態なので、距離を置いて考えることはできません。ハハ。しかし、韓国の観客たちのレベルが非常に高くなりました。型破りな映画も多様性のある映画として受け入れてもらえると信じて、最後まで突き通しました」そんな衝撃をきちんと受け止めてくれた俳優たちにミン・ギュドン監督は感謝の言葉を伝えた。何より採紅された女性を演じたたくさんの女優たちに感謝した。ある程度の露出もあり、容易ではない演技だったため、女優たちの苦労に十分に共感し、感謝を示した。「僕は運が良かったですね。助役も端役も容易ではない演技だったはずなのに、犠牲になった女性たちの凄絶さや辛さがきちんと表現されることが重要であるという思いに共感してくれて感謝しています。映画の露出度をめぐって葛藤もありましたが、露出度が高くてカットされるかもしれないと言ったら、それはダメだと言ってくれる人たちで、ありがたかったです。勇気を出してくれて、本当にすごいと思いました」これまでの作品とは完全に雰囲気が違ってファンたちが驚くのではないかと聞くと「僕にファンがいますか?」と大きく笑うミン・ギュドン監督は、「自分でも慣れないジャンルやストーリーで、気後れしてはならないと思った」と述べた。「僕は主に女性たちのストーリーを描いてきました。男たちが権力を握って、女たちがターゲットとなって暴力の犠牲になるストーリーは僕にとっても慣れないストーリーです。だから気後れしてはならないと思いました。包み隠さず、赤裸々に正面から描きたかったんです」これからもミン・ギュドン監督の大胆な逸脱は続くのだろうか。彼は自身のフィルモグラフィーを絶えず裏切ることと説明した。自分自身を裏切り続けて映画を作ってきたというのだ。これからもミン・ギュドン監督の裏切りを見ることができるだろうか。「今、僕は絶えず自分自身を裏切って逸脱しながら映画を作ってきたと思います。今回の時代劇も一緒です。19禁の時代劇というのが、自分が着ている服とぴったりのものではないため、自ら自分自身を投げてみたのです。これから自分にもっと合う映画を探して旅に出ると思います」
【PHOTO】チュ・ジフン&キム・ガンウら、19禁映画「背徳の王宮」の制作報告会に出席
本日(14日)午前、ソウルロッテシネマ建大入口(コンデイック)店で開かれた映画「背徳の王宮」の制作報告会に俳優チュ・ジフン、イム・ジヨン、ミン・ギュドン監督、イ・ユヨン、キム・ガンウ(左から)が出席し、ポーズを取っている。「背徳の王宮」は燕山君(ヨンサングン)11年、1万の美女を捧げ王を牛耳ろうとした稀代の奸臣たちの熾烈な権力争いを描いた映画だ。「僕の妻の全て」を手がけたミン・ギュドン監督の19禁時代劇で、5月に韓国で公開される。
「タチャ-神の手-」特別出演したのは誰?超豪華な俳優陣に注目
※この記事には映画のストーリーに関する内容が含まれています。映画「タチャ-神の手-」 (監督:カン・ヒョンチョル)が、豪華サプライズ出演者のリストを公開した。ヨ・ジング、チャ・テヒョン、チョン・ウヒ、イ・ジュンイク、ミン・ギュドン監督など、錚々たる面々がサプライズ出演し、注目を浴びている。映画「ファイ 悪魔に育てられた少年」に続き、キム・ユンソクと2度目の共演となったヨ・ジングは、伝説のイカサマ師アグィ(キム・ユンソク)の弟子として登場した。短い出演ながらも強烈な印象を残し、観客の視線を釘付けにした。カン・ヒョンチョル監督のデビュー作「過速スキャンダル」に出演した縁で、前編「サニー 永遠の仲間たち」の広告用バナースタンドに特別出演した俳優チャ・テヒョンは、今回「タチャ-神の手-」ではお金を隠しに行くチャン・ドンシク(クァク・ドウォン)が運転する車の中で流れたラジオのDJとして登場し、格別な友情を見せた。「王になった男」「ソウォン 願い」のイ・ジュンイク監督も、江南ハウスでお金を使い果たし、お金を借りにきたギャンブラーとして登場し、映画の面白さを引き立てている。カン・ヒョンチョル監督は「江南ハウスのギャンブラーが一人必要ですと連絡をしたら、快く引き受けてくれた。監督のおかげで撮影現場の雰囲気がより愉快になり、楽しくなった」と感謝の気持ちを伝えた。撮影現場に応援に来たチョン・ウヒとミン・ギュドン監督もカン・ヒョンチョル監督のその場の提案で、テギル(BIGBANG T.O.P)とミナ(シン・セギョン)が会ったレストランの客として登場し、観客たちを驚かせた。「タチャ-神の手-」は叔父であるゴニに似て、幼い頃から人一倍手先が器用で勝負欲が強かったテギルが、誰も信じることができないイカサマ師の世界にためらうことなく飛び込み、生死をかけた一本勝負を繰り広げることになるストーリーを描いた。韓国では公開12日で観客動員数300万人を突破し、日本でも来年1月に公開となる。
ハン・ジミン&ミン・ギュドン監督、日本アニメ「おおかみこどもの雨と雪」バリアフリー版にボランティアで参加
ハン・ジミンとミン・ギュドン監督が、日本のアニメ「おおかみこどもの雨と雪」のバリアフリー版に才能寄付(自分の持つ才能を活かしてボランティア活動を行うこと)で参加する。バリアフリー映画委員会は、2014年最初のバリアフリー映画に「おおかみこどもの雨と雪」を選定し、ハン・ジミンとミン・ギュドン監督が才能寄付で参加する事実を26日に明らかにした。「おおかみこどもの雨と雪」は、平凡な女子大生が狼人間との童話のような恋愛の末に生まれた特別な二人の子供を育てながら母親になる話で、韓国では2012年9月に封切られ、33万人以上の観客を動員した作品だ。バリアフリー映画は、視聴覚障がい者はもちろん、障がい者と健常者が一緒に映画を見られるように、視覚障がい者のためには画面について説明する画面解説を、聴覚障がい者のためには韓国語の字幕を入れたものだ。今まで「テロ,ライブ」「10人の泥棒たち」「7番房の奇跡」「トガニ 幼き瞳の告発」「拝啓、愛しています」「ワンドゥギ」「ブラインド」などの韓国映画と、アニメ「庭を出たメンドリ」「ももへの手紙」、日本の映画「酔いが覚めたら、うちに帰ろう。」「エンディングノート」など多様な作品がバリアフリー映画として制作されている。「おおかみこどもの雨と雪」のバリアフリー版は、才能寄付を通じてミン・ギュドン監督が演出し、ハン・ジミンが画面の解説で参加する。ハン・ジミンは、2014年にバリアフリー映画の広報大使として「エンディングノート」に声の出演で参加したことに続き、2度目の才能寄付となる。ミン・ギュドン監督は、「『おおかみこどもの雨と雪』の封切り時も推薦映画に選定したことがあるほど愛着があり、また、子供が一番好きなアニメであるため、バリアフリー版の演出に参加することになって嬉しい」と感想を述べた。「おおかみこどもの雨と雪」の制作は、LG U+が昨年末にU+TVの顧客が地上波テレビ放送利用時の月額契約の際に、1人当たり千ウォン(約900円)を寄付するキャンペーンを行って積み立てられた基金で進められている。また、アフレコに参加することになる脇役の声優は、オーディションを通じて選抜された一般人の声の才能寄付で行われる予定だ。「おおかみこどもの雨と雪」のバリアフリー版は、4月初めの完成を目標としている。
ユ・アイン、ミン・ギュドン監督を応援するため「シネタウン」に出演
ユ・アインがミン・ギュドン監督を応援する。ミン・ギュドン監督は22日より3日間、SBSパワーFM「コン・ヒョンジンのシネタウン」(以下「シネタウン」)でDJコン・ヒョンジンの代わりにDJを務める。ミン・ギュドン監督は映画「僕の妻のすべて」を通じて忠武路(チュンムロ:韓国映画界の代名詞)で最も認められている監督の一人だ。ユ・アインはミン・ギュドン監督と映画「アンティーク~西洋骨董洋菓子店~」で演出者と俳優として出会い、縁を結んだ。ミン・ギュドン監督が人生初のDJを務めるというニュースに、ユ・アインはハードなスケジュールにもかかわらず快く出演を決めたという。ミン・ギュドン監督とユ・アインの率直な話は、韓国で24日午前11時より放送される「シネタウン」で公開される。「シネタウン」にはミン・ギュドン監督がDJを務める間、ユ・アインの他にも映画「ミスターGO!」のキム・ヨンファ監督も出演する予定だ。
「僕の妻のすべて」ミン・ギュドン監督“映画が一本できることは奇跡だと思う”
話の始まりは、イム・スジョンの下衣失踪(下に何も履いていないように見える姿)ファッションだった。神秘さと清楚さ、それに高品位なイメージまで持ち合わせている女優を、ミン・ギュドン監督は大胆にも地上に引きずり降ろした。それが、不時着でなく、スムーズなソフトランディングで成功した。これまでイム・スジョンに見られなかった、彼女の年頃の感性を見出すことができたのだ。確かに「僕の妻のすべて」でイム・スジョンは、演技の幅がさらに広まった。ミン・ギュドン監督が映画の序盤にそれほど衣装に固執したのも、イム・スジョンの従来のイメージに新しさを加えるためのプロセスだったのだ。ミン・ギュドン監督のイム・スジョンへの片思いは、彼が制作を担当した「あなたの初恋探します」の遥か昔の、映画「箪笥」にまで遡る。当時カメラワークを通じて発見したイム・スジョンの魅力に、ミン・ギュドン監督は溺れてしまったという。「僕の妻のすべて」ではこのようなイム・スジョンを全力で撮るために、2.35:1の広角レンズを使って脚を長く映したという。「シャルロット・ゲンズブールをモデルにしました。知的ながらも冷笑的で、スマートな女性。そのような雰囲気を出すために、衣装を全部は着ないのはどうかと話したんです。イム・スジョンはただ脱いだのではなく、本当のヨン・ジョンインになって撮影現場を歩きまわりました。下着にTシャツ1枚をまとって歩きまわったんです。初めは人々がそんなイム・スジョンの姿を受け入れられませんでした。彼らの認識に、イム・スジョンに対する枠が明確にあったんです。その枠が崩れると、スタッフたちもイム・スジョンのそんな姿に称賛を贈りました。イム・スジョンさんも現場で殻を破ったんです。意味的に、物理的に。ヨン・ジョンインになろうとせず、その人物がイム・スジョンに入るようにしようと言いました。キャラクターをイム・スジョン化させる。矢印の方向を逆にしたんです」イム・スジョンの露出?それ自体が目的ではなかった話題になっていたイム・スジョンの露出と代役についての部分も、ミン・ギュドン監督の考えは明白だった。企画段階から該当シーンに徹底していたのだ。「露出については徹底して計画に従いました。本人がやらなければならないこと、準備しなければならないことはやらせて、その他の部分は演出しました。イム・スジョンさん本人はもっと露出する気もあるようでしたが、映画は15歳観覧可の水準に合わせて何かを見せようという目的だったんです。(露出で)刺激を与えるのが目的ではありませんでした。自然な既婚者の日常を見せたかったんです。イム・スジョンさんが実際にきっちり着こまないで現場を歩きまわる姿に、マネージャーたちはそこまで監督のことを信じてもいいかと心配するほどでした。それだけ、彼女の変身ぶりに親しい人も驚いたみたいです」ミン・ギュドン監督の言葉で、今回の映画でイム・スジョンが演じたキャラクターの性格をさらに明白に理解できる気がした。俳優の態度の面を見ても、イム・スジョンもやはり現場で監督を信じてついていく方だったという。「イム・スジョンさんが作るキャラクターに共感して映画を撮りました。彼女を見ていると、寂しさがなくなるような気がしました。映画を作る度に『また誰か僕のことを思い出してくれるだろうか。観客が僕の話を聞いてくれるだろうか』と悩んで質問を投げます。そのような質問の中で自信を出そうと頑張ったりもしますし。僕自身の勝手な哲学に加えて、何か新しいものを探そうと頑張った痕跡が、今回の映画に盛り込まれていると思います。僕の映画人生の、一つのチャプターのように」イム・スジョンを通して見た、自分自身「ジレンマを抱えていた」ミン・ギュドン監督は、世の中への好奇心に満ちているイム・スジョンの姿を女子大生に例えながら「羨ましさを感じた」と告白でない告白をもした。最近ギターを学ぶ味を会得しているイム・スジョンを自身と比べながら。「僕の場合、次第に好奇心が消えていますね。人生の秘密について多くのことを知ってしまったからかも知れません。ギターも20年近く弾きましたし、絵も好きだったんですが聞いてくれる人がいなかったからかな(笑) 最近は本質的な質問を投げています。生きるとは何か、などの。映画をやりながら多くのものを失いました。他の監督はどうか知りませんが、映画一つを作るためには僕の全ての日常を猶予しなければならない、ジレンマに落ちています。日常の全ての瞬間を集中して注がないと、ことが進まないんです。友達にも会わず、音楽も聞かずですね。音楽と美術、人生が豊かに映画に盛り込まれなければいけませんが、いざそれを作る人はそういう生活ができないジレンマとでもいいましょうか」しばらくイム・スジョンの絶賛に浸っていた中で出たこのような彼の話に、雰囲気は真剣になった。そのようにもなったはずだ。大学時代にはカフェで流れる音楽に合わせてギターを演奏できるほどの実力の持ち主で、美術にも人並み以上の関心を持っていた彼だったからだ。映画に対する結果が観客の手に渡された今となって初めて、ミン・ギュドン監督は日常を戻そうとあえいでいるという。尋ねると、最近はその一環として水泳をしているそうだ。「沈黙をそのままにしておかず、何かを話し続けなければならないの!」ミン・ギュドン監督は「僕の妻のすべて」の台詞の一部を挙げた。映画が日常に食い込むことに伴う喪失感を減らすためにも、彼はできる限り力を抜いて作品を作ろうと務めるという。時にはあまりにも完璧な準備が、却って何かのスタートを遮る、妨害要素になり得ることはないだろうか。ミン・ギュドン監督は、次第に映画を大雑把に作らなければならないという言葉に共感しているようだった。「僕は運命と偶然を信じます。そうでなくては到底作れないのが映画ですから。僕もそうですし、僕の多くの監督友達を見ると、決まった期限までにシナリオを書かなければ映画にすることができませんし、そのためにはまた毎回何かプロセスを経なければなりません。ただ考えるだけで1年、2年が経つこともあります。人生を生きている足跡はあるのに、いざ映画は作れない人生も多いです。それで、映画が一本作れたなら、僕はそれを奇跡だと思います。そうでなくては作ることができないんです。考えてみると、映画を作るのは、日常を通じて人生に接しようと頑張ることのような気がします」ミン・ギュドン監督の言葉にあまりにも厳粛になる必要はなさそうだ。映画人の苦境と悩みを理解してから、さらに頑張ってみたらどうだろうか。思ったより奇跡は近くに潜んでいるかも知れないから。
「僕の妻のすべて」ミン・ギュドン監督“映画を見て、恋愛したくなったという人が多い”
ミン・ギュドン監督の表情は明るかった。それもそのはず。「僕の妻のすべて」が人々の予想を覆して350万人という観客動員数に向けて疾走しているからだ。インタビューをした8日、彼の健康状態はあまり良くなかったが、それにもかかわらず続けざまに水を飲みながら、痛いのどを休まず使って映画に関する様々な話をしてくれた。「これでやっと監督のカラーを見つけたようですね。この噛みごたえのあるラブコメがぴったり監督と合いますね」と言ったら、「あは、やっとですか」と肯定的に回答する。社交辞令ではなかった。女心も男心もすべて捕らえて、抱腹絶倒するほどに笑わせながらも、最後は涙を一滴流させるようにする彼の演出は華麗だった。大作アクションムービーもあっち行けというほどに。その秘訣についてミン・ギュドン監督は「楽観しないこと」だと明らかにした。「今回の映画は自分自身に対する先入観を崩したもので、俳優たちも同じでした。3人の俳優皆がコメディが全然似合わない俳優でしたが、多芸多才だということを証明した事例になったんです。これから彼らはコメディをすぐはしないでしょうが、しばらくしてまたコメディをしたときが期待されます。『僕の妻のすべて』はそのように皆が新しい可能性を確信して、良い経験になりました。過程は大変で常に自らを疑いながらなんとか駆けて来ましたが、もし自らを楽観視して自信だけ溢れていたらこんな調和は出なかったかも知れません。謙遜し姿勢を低くして、おごらないように努力した結果です」結果が良かったからこれからは一息つくに値する。ミン・ギュドン監督は、リュ・スンリョンが演じたチャン・ソンギを例に挙げて、「これからどんな女たらしのキャラクターが出てきてもチャン・ソンギの模倣となるような、完全に新しく超えることができないキャラクターを作ろうとしました」と言った。またイム・スジョンが演じたジョンインに対しては、「主に韓国社会は男性たちが毒舌である時代で、ナコムス(政治を批判するサイト)やチン・ジュングォン教授が一つの例に挙げられます。コン・ジヨンさんも私はいい人だと思います。だから常にキツい言葉を言う先頭に立った人々は男でした。でもその毒舌を女性が始めてから、何か今までの女性キャラクターから一歩進んだ人物になったらと思いましたし、それでも魅力を失わない、おばさんのようでも嫌われないキャラクターを描こうと思いました」と伝えた。イム・スジョンのジョンインもまた、ミン・ギュドンのジョンインであることは仕方ない。フランスで映画の勉強をした彼の趣向が、ジョンインに向かったことも当たり前だった。「映画に登場するジョンインのヨーロッパ的趣向は、私の趣向にたくさん合わせたんです。そしてイム・スジョンも、ヨーロッパ的な芸術領域に関心がかなり高いです。それを再調整した部分もあります。ポップソングが流れる場面でシャンソンを聞かせたのですから。ジョンインのキャラクターは、シャルロット・ゲンズブールの知性とマリオン・コティヤールの官能美を出会わせようと努力しました。女優が実際に好きな趣向をキャラクターに盛り込むことができれば演技がずっと楽ですよね。女優とのシンクロ率を高めようと努力したんです。実際私の本棚を見れば、ギョーム・ミュッソとアラン・ド・ボトンのすべての本がありますが、同時にイム・スジョンが大好きなものでもあったんです」考えてみれば現実世界にはよく存在しない、ユニークなキャラクターだった。それなのに観客は共感してしまった。ミン・ギュドン監督は、「映画を見てから恋愛したくなったという人が多いです。『急に結婚したくなった』という書き込みも見ました。私は恋愛と結婚に対するファンタジーを壊そうと思いましたが、意図せずに、ファンタジーを強めてしまいました(笑) このような反応を見て、人々は愛がバラ色ではないということ、また大変だということを知っているにもかかわらず経験したがるということを知るようになりました。意志の疎通と不通を通じて深い愛を交わしたくて、誘惑されたくて誘惑者になりたがる。それでこの映画がまるでエロスの矢のように人々の心臓に矢を一つずつ飛ばしたようですね」と言った。彼の次回作が期待されるという聞きなれた言葉は付け加えない。彼は映画を頻繁に撮らないので、一度撮るごとにできるすべてのことを注ぐと語った。それとともに、これからは6ヶ月に一度は撮りたいとも付け加えた。「僕の妻のすべて」のように、第一に面白くて、第二に自らを振り返れるような映画なら、6ヶ月に一度ではなく1ヶ月に一度出てきてもまた見たくなるだろう。噛みごたえのある恋愛ものや彼の名前を知らしめた「女子高怪談」のようなホラー、あるいはSFジャンルでもかまわないから、もう一度チャン・ソンギやジョンインのようなキャラクターが飛び出して、私たちをくすぐってくれたら嬉しい。
「僕の妻のすべて」ミン・ギュドン監督“女性の抗うつ薬になってほしかった”
コメディの裏にある熾烈さミン・ギュドン監督が語る「僕の妻のすべて」この映画は、オスたちが以前から出しておくべき反省文だと思っていた。そういう旨のレビューを書いてネットユーザーから叱咤されたこともある。「なぜ女子は女子で、男子はオス呼ばわりするのか」と責められた。むしろそのような反応に感謝した。韓国の健康なオスの方々の反応だったからだ。映画「僕の妻のすべて」は転げまわるほどの面白さや、聞き流せないメッセージが盛り込まれていた。映画の完成度云々を言う前に、キャラクターたちの、身震いするほどの寂しさがひしひしと伝わった。映画を演出したミン・ギュドン監督がぽんと投げた言葉もやはり「寂しい」だった。その言葉を聞いて「やっぱり」と思った。そう、寂しい人じゃないとこのような映画は作れないと思ったのだ。今回のミン・ギュドン監督とのインタビューに、過剰な感情が見えたりするかもしれないが、前もって断っておきたい。寂しい者同士で映画話を口実に怪しいおしゃべりをしたためだ。「僕の妻のすべて」は実は2、30代の女性のための映画だった―まず、おめでとうございます。観客動員数200万人突破を予想しましたか?「建築学概論」より5日早い記録ですが、この際、更に欲が出そうな気もしますが。「まったく予想できませんでした。投資会社が原稿を読んで投資すると言い出したとき、おかしいなと思ったりもしました(笑) 最初は小さな映画を考えていました。もちろん、そう観せないためにロケもしたし、視覚的な部分にも気を配りましたが、大きな岩のような作品と言うよりは、ゴマをかけたような細やかな味と言いますか。顕微鏡で覗いた日常を表現するつもりだったので、観客動員数150万人を突破すれば良いと考えていましたが」―「オスの反省文」というレビューを書いて、ネットユーザーから叱咤されました。監督の意図もそのような次元ではなかったでしょうか?「正しく理解されたと思いますか?(笑) 映画のセリフにもオスという言葉が出てきます。映画を制作するにあたって、理由やテーマがはっきりしているべきだと思います。2時間の間、現実を忘れさせるとか、感受性を充電させるとか、その短い時間の中で、観客との接点を探さなければなりません。この映画を制作するときは2、30代の女性の抗うつ薬のような映画になれば良いと思っていました。僕も寂しがりやで憂鬱になりがちなほうです。生きながらだんだん魅力を失っていると感じるし、興味もなくしています。『僕の妻のすべて』は特に女性を寂しくさせる男性を表現するために努力したつもりです」イ・ソンギュン、リュ・スンリョンそして、イム・スジョンの新しい面を引き出す―僕も常に寂しいです。この話は後にすることにして、今回の作品では既存の俳優をキャスティングしたにも関わらず、彼らがお互いに違う、新しい面を見せてくれたのが特徴だったと思います。どういう意図でしたか?「映画の戦略でもありますが、この映画のストーリーは単純です。これでどうすれば緊張と感動を与えられるかを考えたところ、その答えは俳優の演技だと思いました。イム・スジョンさんは『あなたの初恋探します』(注:当時ミン・ギュドン監督は制作を担当した)のとき、隣で見てはいましたが、常に物足りない感じがしました。スジョンさんが持っているようで、まだ見せていない姿があると思っていたからです。破る先入観が多くて、エネルギーになると思いました。映画の頭に露出が多いじゃないですか。10分以内にイム・スジョンがジョンインに見えるようにしないと、後の方で失敗するかもと思いました。『イム・スジョンが屁をこいて、小便もすると?』観客がこの部分で『はっ』と驚き、そのときのマイナスな印象を映画の後半で挽回する形を取りたかったです」―リュ・スンリョンさんやイ・ソンギュンさんは、イム・スジョンさんとはまた別の戦略があったと思いますが。「リュ・スンリョンさんは他の映画ですでに会ったことがあります。みんな彼を、強くてマッチョで暴力的なイメージの演技がうまい俳優だと思う傾向がありますが、僕はこの人にも、今まで観客が探せなかった姿があると思いました。実際会ってみると本人はとても面白く、女性らしく、繊細な面もあります。また女たらしのような雰囲気がありませんか?(笑) 典型的な浮気者ではないことで、さらにたくさんのものを引き出すことができると考えました。『アンティーク~西洋骨董洋菓子店~』と『キッチン~3人のレシピ~』のときにチョン・ヘジンさんと一緒でした。イ・ソンギュンさんとチョン・ヘジンさんは夫婦じゃないですか。女優と暮らしていることをすごいと思いました。女優は普通の人とは違うアンテナを持つ人だと思います。彼女の夫として感じる色んな感情があるはずです。なので映画ではイ・ソンギュンらしい演技をして欲しかったです。イ・ソンギュンさんに、映画を現実に結び付ける役割をしてほしかったです。3人の俳優を並べて見てみると、とても異質じゃないですか。映画ではそのような異質さが妙なバランスを生みました。彼らの呼吸が大変良く合ったんですが、これは運だったと思います」―イ・ソンギュンさんも言っていましたが、ソンギ(リュ・スンリョン)は、この世の人ではないように思えます。神と言いますか?ソンギに対する意図は何でしたか?「天使だと思いました。西部劇に例えると、シェーンのような存在?問題が発生するとパッと現れ、問題を解決し、後ろ姿を見せながら、いつかまた帰って来ると言う存在!人間を深く理解している人物を描きたかったです。特に欧州型の女たらしを作りたかったです。そっちの話の中に、詩で女性を気絶させる男が出てくるじゃないですか。心を征服することが女性を征服すること!またソンギは単純な征服欲の持ち主ではありません。ガールフレンドを失ったことがあるという人物設定にしました。インドネシアでガールフレンドが津波に巻き込まれる姿を見たという設定です。ソンギは泳げないので助けられず、その後は幸せな女性を傷つけながら自分の傷を癒すのです」波の上でサーフィン中、ミン・ギュドン監督は選手だった映画の話で夜を明かす勢いだった。ソンギの話だけでも、時間が過ぎるのに気づかず、ミン・ギュドン監督は話を続けていた。なぜか映画の中の各キャラクターに、監督の内面が少しずつ分けて入れられたような感じがした。映画のソンギともっとも似ているような気がすると言ったら、「ソンギ?恐れ多い。僕はとにかく詫びるタイプ」だと、全力で否定していた。しかし地球の反対側で起きた戦争の話に涙ぐむというところでは、きっと彼は感受性の豊かな人だろうと思った。それだけ、他人に対しても理解が深いということだ。ところが、監督の携わった作品たちと今回の作品を比べてみると、その違いが大きい。ミン・ギュドン監督自らも「自分の枠を全部なくして撮影した。未だ自分の映画でないような気がする」と語った。自分の枠を強調するよりは、俳優たちが存分に遊べる映画を考えたという。「俳優たちに新しいことを要求するとき、僕のスタイルに合わせようとするのは望ましくないと思いました。なので、俳優たちも演じながら首をかしげたり、僕を信頼できない様子を見せたりもしました。そのようなエネルギーがハーモニーをなして良い効果が出たと思います。コメディ映画ですが、その過程はコメディではありません。俳優たちも変身することに対して敏感でした。神経を尖らせていたと思います」今までの、人と物事を真剣に探求する彼の気質が、今回の映画ではコメディ性と商業性が出会い、妙な化学反応を起こしたのではないだろうか。社会と政治問題に興味があると知られていたので、今回の映画のヒットを機に、本当にミン・ギュドン監督らしい映画を観たいと期待することも事実だ。「僕の映画の歴史は定まっていないですよね?(笑) 僕の意思ではなかったと思います。監督もまたスタッフと同様、雇用された人だと思います。ある監督はスリラーが上手いにも関わらず、コメディ映画の巨匠になりました。僕の映画が、僕の好みでない一部を含んでいますが、改めて観るとそれが自分の人生、自分の映画のような気がします。簡単に言うとアイデンティティの定まらない監督といいますか。ウディ・アレンのように、一つの物語を自由自在に変える監督がいれば、その反対の監督もいます。僕はホラー映画があまり好きじゃないですが、それでデビューし、普段あまり面白くないですが、コメディ映画を撮りました(笑)」次の作品について尋ねると、昔から彼が精を尽くしているシナリオがいくつかあるらしい。それらは6本もあり、すべて韓国社会に根強く残る問題を取上げた内容だった。青少年犯罪の問題、日本従軍慰安婦の問題、開放直後の韓国の時代像など。「ホロコースト(ドイツがユダヤ人などに対し組織的に行った大量虐殺)を取りあげた映画だけで20万本が作られたそうです。しかし韓国の歴史を取りあげた作品は何本あるでしょう?(作られないのが)おかしいのです。歴史的再現は意味がないと思いますし、本当に上手く作る必要があります。僕がすべき、喚起すべき部分を探しています。観る立場からは面白くなければいけないわけじゃないですか」仁川(インチョン)で生まれ、慶尚南道(キョンサンナムド)浦項(ポハン)近くの田舎で幼少時代を過ごした後、大学はソウル、留学はパリと、波乱万丈の人生を送っているミン・ギュドン監督。自ら一つの場所に定着せず、色々な場所を転々とする運命だと話すミン・ギュドン監督は、自身を「大きな波に乗ってサーフィンする人」と例えた。期待してみてもよさそうだ。彼は熟練した選手だから。