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ブロッコリーノマジョ

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  • ブロッコリーノマジョのヒャンギ、カムバックと同時に…突然の脱退発表「それぞれの道を歩くことにした」

    ブロッコリーノマジョのヒャンギ、カムバックと同時に…突然の脱退発表「それぞれの道を歩くことにした」

    バンドブロッコリーノマジョ(Broccoli you too)のギタリストであるヒャンギが、チームから脱退する。所属事務所であるStudio Broccoliは30日、公式SNSに「ブロッコリーノマジョのギタリストであるヒャンギが3月31日に発売する『B-SIDE PART. 2』を最後に、チームから脱退することになりました」と伝えた。続いて「長く悩んだ末、ヒャンギとブロッコリーノマジョはそれぞれの道を歩くことを決定しました。長期休息という言葉でファンたちを待たせるよりは、それぞれの位置で一生懸命に生きていくことが今、みんなにとって必要な選択だと思いました」と説明した。2007年EP「アンコール要請禁止」でデビューしたブロッコリーノマジョは、「普遍的な歌」「隣に邪魔にならない線で」「ゆず茶」などの曲で人気を博した。今年1月にリリースした「B-SIDE PART. 1」に続き、本日(31日)にニューシングル「B-SIDE PART. 2」を発売する。・ブロッコリーノマジョ「安定した未来を諦めて、音楽を選んだわけではない」・ブロッコリーノマジョ「ゴールデン-ヒットコレクション アンコール要請禁止」発売【Studio Broccoli 公式コメント全文】 こんにちは。Studio Broccoliです。ブロッコリーノマジョのギタリストであるヒャンギが、3月31日に発売する「B-SIDE PART. 2」を最後に、チームから脱退することになりました。長く悩んだ末、ヒャンギとブロッコリーノマジョはそれぞれの道を歩くことに決定しました。長期休息という言葉でファンたちを待たせるよりは、それぞれの位置で一生懸命に生きていくことが今、みんなにとって必要な選択だと思いました。このように決定してからも、皆様にこのニュースをどのようにに知らせるべきか、辛くて重い時間を過ごしました。大丈夫ではないのに大丈夫だと言いたくないです。ある嘘を事実のように話しても、そのすべてが何でもないことにはならないからです。それにもかかわらず、メンバーたちはいつものようにこの時間をよく耐えるために頑張り、私たちは終わらないブロッコリーノマジョの歌とトグウォン、チャンディ、ヒャンギ、リュジの4人のメンバーの明日を応援しようと思います。ファンの皆様には、どんな言葉より必要な時に聞ける音楽として傍にいるという言葉を伝えたいです。最後にスタッフの変動でStudio Broccoliの公式SNSアカウント(Facebook、Instagram、Twitter)は当分、運営しない予定です。ブロッコリーノマジョのニュースは、バンドの公式アカウントで今のように確認することができます。ありがとうございます。

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  • 【PHOTO】元RAINBOW ジスク、オ・サンジン、DinDinら、JTBC「違いのあるクラス」制作発表会に出席

    【PHOTO】元RAINBOW ジスク、オ・サンジン、DinDinら、JTBC「違いのあるクラス」制作発表会に出席

    3日午前、ソウル上岩洞(サンアムドン) JTBCで行われた「違いのあるクラス-質問あります」の制作発表会に、出演陣である元RAINBOW ジスク、オ・サンジン、DinDin、ホン・ジンギョン、イ・ヨンジュ、ブロッコリーノマジョ(Broccoli you too) のトグウォン、サム・オチュリ、アナウンサーのカン・ジヨンらが出席した。JTBC「違いのあるクラス」は、質問と回答を通じて知識を交わす新概念講演番組で、政治・社会・文化・歴史に関する単純な教養を超えて、生きる知識を交わす予定だ。3月5日から韓国で放送スタートする。

    マイデイリー
  • ブロッコリーノマジョ「安定した未来を諦めて、音楽を選んだわけではない」

    ブロッコリーノマジョ「安定した未来を諦めて、音楽を選んだわけではない」

    ブロッコリーノマジョ(Broccoli you too)、名前さえも聞き慣れないこのバンドを初めて知ったのは二十歳の頃。大学に通っていた時は純度の高い初々しさを、年を重ねてからは彼らの音楽に込められた普遍的な感性を理解できるようにしてくれたグループだ。ソウル大学出身のバンド、インディーズシーンの代表的なバンド、そして模範生バンドなど、彼らを修飾するタイトルはさまざまだ。しかし、いざ彼らと会話を交わしてみると、何を考えているのか少しも分からない。ヒーリング、癒しなど、良い修飾語に「みんなの慰めになるとは嬉しいです」とクールに答え、「でもそれは、私たちの本質とあまり関係がないんです」と話を切り出した。2年8ヶ月。2010年11月に2枚目のフルアルバムを発売後、ベストアルバムやシングル、ミニアルバムもあったが、時間が経つにつれファンの誰もがフルアルバムを渇望するようになった。そしてある日偶然、テレビの中で彼らを発見した。Mnet「MUSTバンドの時代」5回目の放送「青春指針書」編に出演した彼らは、今まで歌ったことがないカバー曲を歌いこなし、存在感を示した。いつも通りコンサートを続けていた。彼らは2011年から公演し続けてきた「一足早い熱帯夜」の夏の長期公演を通じて以前と変わらず人々との接点を見つけていた。だが、トグウォンさんにアルバム作業の進み具合について質問すると「まだ分からない。期間もまだ決まっていない」と答えた。あれこれ忙しいと思うが、何を考えているのか読み取れない彼ら。ベースであり、ボーカル担当のトグウォン、キーボード担当のチャンディ、ギター担当のヒャンギ、そしてドラムとボーカルを担当しているリュジ、ブロッコリーノマジョの4人組に10asiaが会った。―久しぶりにMnet「MUSTバンドの時代」に出演することになり、番組を通じてファンと会った。リュジ:ステージを準備し、番組収録に入った時は、テレビ放送に慣れなくてぎこちなかった。いざステージに上がると、緊張しすぎてライブがどうなったのか分からなかった(笑)―カバー曲を歌ったことはほとんどなかったが、イ・スンファンさんの「この世にまかれた愛ほどに」を選曲した特別な理由はあるのか。トグウォン:僕たちが出演した5回目の放送のタイトルが「青春指針書」だった。もちろん制作陣が任意に決めたコンセプトではあるが、曲の感じがタイトルとよく合うと思った。何をしてもうまく歌いこなせるチームもあるだろうが、僕たちのバンドはそうではない。だから、僕たちが今まで歌ってきた音楽、そして上手く歌いこなせる曲を披露したかった。最終的に満足できるステージだった。―「MUSTバンドの時代」は一般的な音楽番組とは違って、サバイバル形式だった。音楽で競争することは気に入らないと思うが、出演を決意したきっかけがあるのか。チャンディ:実際の放送ではサバイバルが強調されているけど、最初制作陣から出演オファーが来た時は、サバイバルは強調していなかった。「勝者はいるけど、脱落者はいない」と言っていた(笑)トグウォン:ブロッコリーノマジョが出演したことが意外だという方々もいらっしゃるけど、とにかくカラーがまったく違うグループが集まった競争だったので、そんなに大きな意味はないと思ったし、ちょうどタイミングも良かったので出演することにした。―今回の放送は反響が大きかった。放送活動にさらに積極的に乗り出す計画はないのか。トグウォン:ない。とりあえず僕たちのライフスタイルに合わない。コンサートを中心に活動してきたので、放送中心に何かをするには、バンドだから制約が生じると思う。ヒャンギ:放送活動を考えていないわけではない。ただし、現実的に考えた時に放送は私たちに合う形式だとは思わない。バンドが出演できる番組は制限されているから。―放送関係者たちが聞いたら、非常に残念に思うであろう。どんな要素が整ったら、ブロッコリーノマジョが番組に出る決意をするだろうか(笑)ヒャンギ:個人的に今まで出演した番組の中で2009年に出演したMBC「ラララ」が一番楽だった。観客がいないスタジオ収録だったけど、なんか合奏するような自然な雰囲気が良かった。このようにステージに対する悩みもあるけど、それよりも放送業界でバンド音楽は主流ではないから。―普段ブロッコリーノマジョは「特にこだわる音楽の性質やジャンルはない」と話してきた。だが、今回の「MUSTバンドの時代」で本人たちが自身のバンドを紹介した時、フォークバンドと言っていた。非常に驚いた。ヒャンギ:実際にはフォークバンドではなく、嵐バンドと紹介した(笑) 私たちも放送を見て分かった。ちょっとしたジョークまじりで話したことなのに、制作陣はそんな意図に気付いていなかったみたい。字幕のミス(笑)―先月の21日からKT&G想像広場(サンサンマダン)ライブホールでコンサートを開催している。同じタイトルで3年間、地道にコンサートを開催することは異例なことだと思う。チャンディ:長期コンサートを続けるバンドはほとんどいない。私たちは継続的にコンサートを行っていることに意義があると思う。―コンサートのタイトルを「一足早い熱帯夜」に決めた特別な理由はあるのか。チャンディ:それには色んな意味が含まれている。コンサートを始めた時期が夏の始めだったので、「私たちが夏より先にステージを燃え上がらせよう」という意味が含まれている。そして2010年に2枚目のアルバムがリリースされたのが秋、冬のあたりだったので、トグウォンが曲を作った時、真夏の夜に聞くと良い曲を作ったと話した。アルバム作業の真っ最中の時、デモテープを聞いていた時も夏だったので、その時の季節感をみんなに伝えたかった。もちろん現実的な理由もあった(笑) 冬と年末には単独コンサートが多くて、会場を借りるのが難しい。だから、比較的に簡単に会場を借りることができる夏の季節にブロッコリーノマジョの夏のコンサートを始めることになった(笑)―長期間コンサートをしてきたので、面白いエピソードがたくさんありそうだ。ヒャンギ:先週の日曜日(6月30日)のコンサートが記憶に残っている。コンサートが始まってステージに上がったら、一番前の列に7歳くらいの女の子が座っていた。面白いことに、2時間ほどのコンサートが終わった後、彼女が泣きながら控え室に来た。自分が好きな曲が聞けなかったそうだ(笑) どれだけ泣いたのか、目が腫れていた女の子を慰めようと、その場で無伴奏で拍手しながらライブで歌ってあげた。その時に明るく笑ってくれた子供の姿が目に浮かぶ(笑) それと、私たちのコンサートには熱狂的なファンがたくさん来てくださるので、コンサートのたびに見慣れたファンをよく見かけることが特徴である。特に初日と最終日は、観客の構成がほぼ同じである。私たちはコンサートをする立場なので、見慣れた方々だと、気楽に歌えて良い(笑)―3回目の定期コンサートを臨みながら、感想も格別だと思う。リュジ:その通り。21日に初公演をした時は、感動して泣きそうになった。フェスティバルのステージとは違っていた。なんか温かい視線を感じた。何を言っても笑ってくれるし、リアクションも大きいから、気持ちも楽になる。コンサート会場ではファンのみんなに守られているような感じがする(笑)―2枚目のフルアルバムがリリースされて、あっという間に2年8ヶ月の時間が経った。ニューアルバムの準備はうまくいっているのか。トグウォン:よく分からない。音楽的な変化が必要な時なので、大々的な変化をもたらすだろう。なので、答えるのは難しい。アルバムがリリースされる期間もまだ決まってない。ヒャンギ:私たちも知りたい(笑)リュジ:前もって教えるのも面白くないし。でも正直に言って、今年中に発表するのは難しいと思う(笑)―今までフェスティバルやコンサートで観客たちと会ってきたが、ファンとしてはブロッコリーノマジョの近況が気になる方々が多い。チャンディ:公演もして、合奏もして個人的には水泳にハマっているみたい(笑) 水泳大会にも参加した。長距離、短距離問わず参加した。思ったより大会が多かった(笑)リュジ:私も熱心に運動した。最近体力が落ちたようで、筋トレも頑張った。ヒャンギ:昨年、年末公演が終わって3人(チャンディ、ヒャンギ、リュジ)で日本に行ってきた。それ以外には、スペイン語の初級クラスに登録したことかな?この頃、ルイス・ミゲルなど、スペイン音楽にハマっているので、スペイン語が習いたかった。トグウォン:主にラジオ番組に出演していた。国民テレビラジオ「ブロッコリーノマジョのトグウォンの普遍的な歌」のDJと、SBSパワーFM「チョン・ソンヒの今日のような夜」の水曜日のレギュラーとして出演している。―メンバーたちはトグウォンのラジオ番組でDJとしてどう評価しているのか。個人的な感想では「チョン・ソンヒの今日のような夜」を聞いてみたところ、機転の利く話術だったヒャンギ:ラジオねリュジ:一度聞いたことがある?あまり聞いたことがないので、評価ができない(笑)トグウォン:―大学に通っていた時、ボーカル部に入ったことがきっかけで、ブロッコリーノマジョが結成されたと聞いた。ヒャンギ:ほとんどメンバーが交替された後、知人を通して紹介で入った。私の場合、2006年の時はギター演奏が下手だったので、「私で大丈夫ですか」と聞いたことがある(笑) その時は、ギターだけでエフェクター装置もなかった。私にはブロッコリーノマジョが初めてのバンド。だから、音楽活動をしながら、私が育ちながら聞いた音楽より、メンバーたちからたくさんの影響を受けた。高校生の時もバンドクラブに入ったけど、その時はバンドのイメージがあまり良くなかった。ある日、校長先生が母親に「勉強の邪魔になるので、ギターを隠しておいてください!」と言っていたのを聞いたことがある。それだけ音楽ができる環境ではなかった(笑)リュジ:私は実用音楽学科に入学しながら、ピアノやキーボードを弾くクラブを探していた。だからと言って合唱団に入るには私の実力が不十分だった。そんな中、入れるクラブはボーカル部しかなかった(笑)―みんな大学に進学して、同じクラブで知り合ったのか?ヒャンギ:そうではない。私は単科大学のボーカル部で、この方たちは(トグウォン、チャンディ、リュジ)は中央ボーカル部だった。部が違っていた(笑)―チャンディは看護師の仕事をして、トグウォンは放送局のプロデューサーの試験を受けると話したことがある。本当にやりたかったことは音楽だったのか。チャンディ:みんな、その時やるべきことをしたと思う。看護師の仕事もしたけど、当時は「学校の専攻だったから、1年か2年くらいはその仕事をするのが、専攻に対する礼儀だと思った(笑) 音楽はアマチュアで初めて、今でも心構えはその時と大きく変わらない。病院の仕事をしながらも音楽を並行しようとしたけど、ある時点になって自然に音楽を選択するようになった。「必ず音楽をやらなければならない」と固い決意や使命感があったわけではない(笑)トグウォン:軍を除隊してからロックバンドを結成したいと思った。その時、すでにBGBGレコードで仕事をしていたし、たくさんのことを悩んだけど、一番重要なことは「お金を稼げなくて、音楽が上手くなくても、自分が好きなことをやらなければならない」と思った。その時は仕事をしながら、職場バンドを結成して友達をコンサートに招待するのはイヤだった。なんかかくし芸大会のように見えるから。本当にやりたいことなのに、そんなふうに見えるとしたらとても悲しい気がした。安定した未来を音楽と取り替えたと言う人もいるけど、みんな知っていると思う。会社生活はそんなに楽しくない(笑) 正直に言って、音楽が好きで、職業として選択したとは一度も思わなかった。アルバム制作会社に就職して短い間仕事をしてみたけど、憂鬱なのは同じだった。2000年後半に会社で働いた経験のある人ならみんな知っていると思う(笑)―音楽に対するそれなりの自信がなかったら、専業ミュージシャンになる決意は難しかったと思う。トグウォン:もちろん「音楽をして大丈夫だろう」と安心して始めたことではない。裕福な家庭で育ち、お金の心配をせず音楽ができたなら、そのようなことは考えていなかったと思う。2005年にはプライベートレーベルも運営してみたし、アルバムの流通やマネージャーに関連する仕事も経験した。音楽を作り、曲を売ったお金でまた自分の音楽に投資したけど、これまでの経験がとても役に立った。正直に言うと、音楽がしたいからと言って企画会社に入ると、1万分の1、10万分の1、もっと大変だと思う。だから、自分で音楽を作った方がむしろ勝ち目があると思った。―2006年から一緒にバンド活動をしているが、すべての曲をトグウォンが作っている。トグウォン:だからといって、特に音楽の勉強をしたわけではない。高校生の時の音楽の教科書を見ると、和声法が出てくる。その時に学んだ内容をベースにして少しずつ作曲しながら体得した。最近は、先に歌詞を書いてから音を作る。そうしているうちにだんだん音の組み合わせができて、曲の形が見えてきたら一節が作られる方式だ。楽器を演奏しながら作曲する方もいらっしゃるけど、僕は大抵このような方法で曲を作る。リュジ:トグウォンが全部作るけど、ある程度整った曲を持ってくると、合奏をしながら一緒に作業をする。曲を持って来たら、合奏をしながら一緒に曲を作り上げていく。ブロッコリーノマジョだけのカラーを見つけ出すことも重要だと思うから。ヒャンギ:私たちが作業をする時は、楽譜を作らない。話もほとんどしない。一応作られた曲を持ってくると合奏して、またそれぞれの家に帰って考えてからまた合奏してみる。―ブロッコリーノマジョといえば「青春」が真っ先に思い浮かぶ。ブロッコリーノマジョはいつまで青春でいられるのか。トグウォン:サミエル・ウルマンの「青春の詩」に書かれた詩のように、胸中に何か新しいものが浮かぶまでは青春ではないだろうか。ヒャンギ:青春がどの時点だと言い切れない。いくら若くても、感情が枯れていたらそれは青春ではない。それに、いくら年を重ねても何かを情熱的に臨むことができるなら、私たちはいつまでも青春でいられると思う。

    10Asia
  • チャン・ギハと顔たち、Epitone Projectなどポップカルチャーを掌握したインディーズミュージックの今後…

    チャン・ギハと顔たち、Epitone Projectなどポップカルチャーを掌握したインディーズミュージックの今後…

    ルネサンス時代を迎えたインディーズミュージック、だが同時に危機も2008年11月22日、女優イ・ハナが進行する音楽番組、KBS 2TV「イ・ハナのペパーミント」が初めて放送された。「ユン・ドヒョンのラブレター」が厳しい指摘の中で幕を下ろした後、急いで編成された番組だったため第1話から注目を集めた。だが、同日の初放送が注目されたもう一つの理由は、チャン・ギハと顔たち(チャン・ギハ、チョン・ジュンヨプ、イ・ミンギ、キム・ヒョノ、イ・ジョンミン)が初めて地上波の番組に出演したためだ。同日に彼らが「安物のコーヒー」「月が満ちる、行こう」を歌った後、インターネットは大騒ぎになった。すでに弘大(ホンデ)と様々なフェスティバルで認められていたが、知名度の低かったチャン・ギハと顔たちは「イ・ハナのペパーミント」出演を皮切りに、2008年、2009年の最高アーティストに浮上し、今では誰もが知っているように、インディーズの大統領インディーズのソ・テジなどの名称で紹介されるバンドになった。そして、2012年現在、私たちはインディーズミュージックがポップカルチャーを占領していることを目の当たりにしている。ポップカルチャー全般を占領しはじめたインディーズミュージック2012年6月7日、2年ぶりに活動を再開したEpitone Projectの2ndフルアルバムは、公開とともにBugs Music, NAVER MUSIC, Daumなどの主要音楽配信サイトで人気を博しながら派手に返り咲いた。彼らのカムバックは、コンサートチケットが夜空の星を掴むことのように入手困難だと言えるほど成功した。Epitone Projectだけではない。昨年10CM(クォン・ジョンヨル、ユン・チョルジョン)が発売した1stアルバム「1.0」は、飛ぶように売れたことはもちろん、インターネットでも1位を獲得する底力を見せた。その中でバラエティ番組「無限に挑戦」に出演したのは画竜点睛のようだった。また、OKDAL(オクサンタルピッ:キム・ユンジュ、パク・セジン)は、1stフルアルバム「28」の初版5000枚が売り切れるという大ヒットを記録した。当然音楽配信サイトでも1位を獲得した。例に挙げられるチームは、このほかにも数え切れないほどある。最近MBC「日曜の夜-私は歌手だ2」に出演し、国民バンドに浮上する勢いを見せているGUCKKASTEN(ハ・ヒョヌ、チョン・ギュホ、イ・ジョンギル、キム・ギボム)、インディーズファンもよく知らなかったが、最近KBS 2TV「TOPバンド」シーズン2に出演してその存在を知らせた薔薇旅館(カン・ジュンウ、ユク・ジュンワン、イム・ギョンソブ、ユン・ジャンヒョン、ペ・サンジェ)、叙情的な歌詞とメロディーで毎回の公演が売り切れになるブロッコリーノマジョ(Broccoli you too:トグウォン、チャンディ、リュジ、ヒャンギ)など。今インディーズ市場は、質・量ともに成長したという評価を受けながら大ヒットを続けている。店頭やインターネットの音楽市場はもちろん、ドラマや映画のOST(オリジナルサウンドトラック)にも欠かさずインディーズミュージシャンの音楽が登場しており、これは広告市場でも同じだ。公演会場はすでに多くのファンで埋め尽くされている。以前は想像もできなかったインディーズミュージシャンのオリンピックホールでの単独公演も行われるほどだ。インディーズミュージックが、ポップミュージックの枠を越えてポップカルチャー全般を占領し始めたのだ。アイドルの音楽との差別化で成功を収める最近成功しているインディーズミュージシャンの音楽をよく聴くと、それぞれ個性が溢れる。ユニークなバンド名もそうだし、ウィットに富む歌詞は、ストーリーテリングの起承転結が確実になっている。そして、そんなに難しい音楽でもない。マニアだけの音楽ではなく、一般の人にも身近に感じられる音楽だということだ。このような要素は、女性の感性を刺激した。今すぐ言及したバンドの公演会場に行ってみれば、客席を埋めている観客の多くが女性であることに気づくだろう。男性もいるが、女性に比べればそんなに多くない。インディーズミュージックが支持を得ることになったのは、感性を刺激したことに限るとは思えない。「私は人と違う」と言っているような要素が、インディーズミュージックには多く入っているためだ。アイドルの音楽で占領されている音楽市場でインディーズミュージックは、皆がIBMを使っているときに私だけがMacを使うような差別性とともに、アイデンティティを確立するために適切なものだった。もちろん、このような理由だけでインディーズミュージックが今のように人々の支持を得ることになったわけではない。過去より多様化したメディアは、直接公演会場に行ったり、CDを買わないと聴けなかったインディーズミュージックをどこでも聴けるようにしてくれた。また、放送局でも彼らの人気を認識することになり、インディーズミュージシャンへの出演オファーにも積極的になった。また、費用がかかるスタジオ録音や、フルアルバムを作るよりは、その気になればホームレコーディングやシングル作業を通じてあまり費用をかけなくてもアルバムが発表できるということも有利に作用したと思う。このような環境的要因は、インディーズミュージックを成長させる土台になり、成功したミュージシャンが多数輩出された。それでも危機だと思われるインディーズミュージックルネサンスしかし、インディーズミュージックの商業的成功のほとんどが、テレビや映画に出演した後から得られたことが多いという点は、多くのことを物語っている。もちろん、基本的に実力を備えた人々が、着実に活動する中で番組に出演して人気を得たわけだが、このような成功ルートは、インディーズミュージックの自分で生きる力をなくす要素の一つだ。インディーズミュージックはピークを迎えると同時に、危機に瀕していると言える。何よりも人々の熱狂的な支持を得て、これまではは想像もできなかったサポートを受けながら音楽の制作作業をし、収益まで上げるなどの成功を収めると、インディーズミュージシャンはアイデンティティについて悩むことになると言う。成功によって彼らが最初に持っていた創作の自主性をなくす可能性もあるためだ。また、どんどん画一化する音楽は、もう一つの悩みだ。確かにインディーズミュージックは個性が溢れている。だが、その個性の中でも流れは存在する。Crying Nutが成功した後には数多くのパンクバンドが登場し、10CMの成功後には街や公演会場がジャンベを叩く音でいっぱいになった。このようになると、また違う考えをする人々が現れるかもしれない。「へえ?○○の人気が出てから皆ああいう音楽ばかりしているんだ」というような考えだ。これは、アイドルの音楽から見える個性の喪失という危険性をはらんでいる。もちろん、今も弘大には、多様な音楽が存在しているため、これは杞憂かもしれない。ただ、依然として心配なのは、弘大クラブ公演会場の没落だ。今すぐ弘大の公演会場に行ってみてほしい。週末になると、人で埋め尽くされるはずの公演会場には、多くて20~30人しか見当たらない。それでも多い方だ。よく知られていないアーティストの公演は、10人前後の場合も多い。多様な音楽は確かに存在するが、これを聞く人は多くない。韓国のインディーズミュージックのルーツとも言える弘大クラブ公演会場が揺らいでいるのだ。よく知られていないなら、観客も少ないことが当たり前だろうが、今の観客数は確かに2000年代の初めから中盤とは比べ物にならないほど確実に減った。簡単に音楽に接することができるというメリットが毒になった可能性もあるし、以前と比べ、バンドの公演より弘大周辺に楽しめるところが多くなったことも理由になると思う。もう一つは、すでにスターになったインディーズバンドの公演を、弘大でなかなか見ることができなくなったこともその理由だと考えられる。彼らを非難することはできない。より多くの人に自身の音楽を聴いてもらいたいのは、当たり前のことだ。弘大クラブ公演会場は、事実上その名前を維持していくことだけに汲々としている。これは、クラブ公演で収益を得ることがほとんどできないインディーズバンドにはより大きな打撃になる。音楽の他に仕事をしない限り、生活が厳しくなるためだ。これは、結局自身のスタイルを捨てて売れる音楽に向かうことになり、結局音楽の個性を失わせるという悪循環が起きる可能性まである。今は成功した後を準備すべき時期弘大の前は、依然として活気に溢れている。また、すべての心配が杞憂だと思えるほど、多くの人がインディーズミュージックや文化を守り、発展させていくために努力している。すぐに成果は見えなくてもこのような動きを見ると、確かに韓国のインディーズミュージックが簡単に崩れ落ちることはないだろうという希望を抱かせる。だが、一部の動きだけでは、問題解決や予防にはつながらない。インディーズミュージシャンだけでなく、その音楽や文化を愛する人々が行動しないと、今我々が楽しむインディーズミュージックを聴ける機会はどんどん減っていくかもしれない。私たちは、私たちのそばにいる大事な人と別れたあとにやっと過去のことを振り返り、後悔する。家族であれ、友達であれ、そして恋人であれ。我々が愛するインディーズミュージック、今こそそれを守るための行動を開始するときだ。「OhmyStar」ではスターはもちろん、バラエティ、ドラマなど、様々な市民記者のレビューや主張を幅広く掲載しています。もちろん、いかなる反論も歓迎します。いつでもノックして下さい。「OhmyStar」は市民記者の皆さんの参加をお待ちしています。― 編集者コメント

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  • ブロッコリーノマジョ「ゴールデン-ヒットコレクション アンコール要請禁止」発売

    ブロッコリーノマジョ「ゴールデン-ヒットコレクション アンコール要請禁止」発売

    「アンコール要請禁止」で熱い反響を得ているバンド「ブロッコリーノマジョ(Broccoli you too)」(ボーカル&ベース:トグウォン、キーボード:チャンディ、ドラム:リュジ、ギター:ヒャンギ)のリ・レコーディングアルバム、「ゴールデン-ヒットコレクション アンコール要請禁止」が、22日に発売される。「ゴールデン-ヒットコレクション アンコール要請禁止」は、制作当時から劣悪な音質の楽曲や著作権の問題で、表に出すことのできなかったアルバムや、コンセプトを活かした限定発売デモアルバムなど、廃盤のアルバムが多く、その歌が聞きたいというファンの声に応えるために作られた、リ・レコーディングアルバムで、ブロッコリーノマジョ特有のユーモア溢れるセンスでタイトルが付けられた。8日に先行公開されたシングル「残忍な四月」が音楽ファンの間で話題となり、「ゴールデン-ヒットコレクション アンコール要請禁止」への期待も高まった。1stシングル「春が来たら/ククク」からEP「アンコール要請禁止」、1stアルバム「普遍的な歌」、シングル「残忍な四月」、EP「ブロッコリーノマジョ」までバンド初期のヒット曲を、なるべくワンテイク方式で自らレコーディングした。その結果、ワイルドなバンド初期のレコーディング室を連想させる、独特の感性を活かしながらも、充実したサウンドを収録することに成功した。ワンテイクのレコーディングで得たライブのエネルギーと、多くの時間をかけた編曲、多彩な音楽的試みが、2枚のCDに収録されたボリュームある曲数でも退屈させない。ブロッコリーノマジョは、来月4日から三成洞(サムソンドン)のKT&Gサンサンアートホールで、15回にわたる長期コンサート「一足早い熱帯夜」を開催する。「ゴールデン-ヒットコレクション アンコール要請禁止」の収録曲はもちろん、現在レコーディング中の3rdアルバムの新曲も披露する。

    TVレポート