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王の涙

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  • ヒョンビンはなぜラブコメディを選んだのか?

    ヒョンビンはなぜラブコメディを選んだのか?

    謹厳な王になって戻ってきたヒョンビンが、今度はラブコメディを選んだ。やはり絶えず変身を試みる俳優だ。ヒョンビンは次回作として来年1月に韓国のSBSで放送されるドラマ「ジキルとハイドに恋した私」を選んだ。ドラマ出演は、入隊前の最後の作品だった「シークレット・ガーデン」以来4年ぶりだ。苦心の末に選んだ作品であるだけに、今度はどんな姿を見せてくれるのか、早くから期待を集めている。「ジキルとハイドに恋した私」は人気ウェブ漫画「ジキル博士はハイド氏」を原作にしたラブコメディで、ある男のまったく異なる2つの人格と恋に落ちる一人の女性の話を描く予定だ。ここでヒョンビンは冷たくて気難しいジキルと甘くて純粋な男ハイドの二役に挑戦する。この設定に「シークレット・ガーデン」を連想する人もいるだろう。気難しい財閥の御曹司キム・ジュウォン役を演じたヒョンビンは、キル・ライム(ハ・ジウォン)と体が入れ替わるという演技を披露した。クールな御曹司だが、キル・ライムと体が入れ替わった時は女性らしくなるというコミカルな一面も見せた。事実上、二役を演じたのである。ヒョンビンはこのドラマで優れた演技力を認められ、国内外で多数のファンを獲得し、トップスターとなった。そんな彼が新作でジキルとハイドという二重人格を見せるため、さらに注目を浴びている。完璧な一人二役に挑戦し、冷たい財閥の御曹司とロマンチックで魅力的な男が交錯する、変化に富んだ姿を見せてくれるだろう。韓国を代表するイケメン俳優であるだけにビジュアルは言うまでもなく、着実に変身と進化を繰り返しながら蓄積した演技力が再び光を放つチャンスとなる。2012年12月に除隊したヒョンビンは、すぐに映画「王の涙-イ・サンの決断-」を選んだ。初めての時代劇で王イ・サンを演じた彼は、これまで様々なドラマと映画の題材になってきたイ・サンを演じきり、絶賛された。当時、ヒョンビンは新しいイ・サン像を作り出すため、身体を鍛えたり歴史を勉強するなど、キャラクターの研究に没頭した。兵役のブランクを経て久しぶりに出演した作品であると同時に新たな挑戦だったため、プレッシャーと情熱を同時に抱いていたのだ。映画の人気とは別にヒョンビンの熱意とそれによる成果が高い評価を引き出した。それだけに次回作への悩みも大きくなるしかなかった。すでに映画に出演したため、ドラマを望んでいたが、多数のシノプシス(作品のあらすじ)が入ってきても簡単に決めるわけにはいかなかった。これまで演じたことのない役、そしてしっかりしたストーリーを待って選んでいた彼は、最後に「ジキルとハイドに恋した私」を選んだ。やや重かった映画「王の涙-イ・サンの決断-」の影を消し、今回は甘くて愉快で暖かいドラマで帰ってくるヒョンビン。重い役もしっかりとやり遂げたが、持ち前のハツラツとした演技は、想像しただけでワクワクする。

    OSEN
  • ヒョンビン主演「逆鱗」邦題&12月に日本公開決定!

    ヒョンビン主演「逆鱗」邦題&12月に日本公開決定!

    今年韓国で公開されて大きな話題を呼んだ、ヒョンビン兵役除隊後第一作「逆鱗」が、「王の涙-イ・サンの決断-」の邦題で、12月よりTOHOシネマズシャンテほか全国順次公開されることが決定した。日本でも大ヒットしたTVドラマ「イ・サン」で知られる李朝の名君イ・サンを襲った暗殺未遂事件。本作は、史実に記録されながら、いまだ謎とされているミステリアスな王暗殺計画を、初めて映像化。事件によって、若き王が、真の偉大な王へと変わる運命の24時間を、胸に迫る人間ドラマとスケール大きなアクションで描いた感動エンターテインメント大作だ。タイトル「王の涙-イ・サンの決断-」に込められているのは、事件の影にある、若き王と王がただひとり信じた宦官の家臣との絆。そこに秘められた悲しい宿命は、歴史ドラマを越え、涙なしには見られない普遍的な感動を呼ぶ。王イ・サンを演じるのは、TVドラマ「シークレット・ガーデン」「私の名前はキム・サムスン」で日本でも絶大な人気を誇るヒョンビン。除隊後の復帰第一作で、初の時代劇にチャレンジした。これまでの作品では文科系イメージの強い王を、文武両道の王として、知的な内面の魅力と弓や剣などアクションの魅力の両面で新しいイ・サン像を演じきり、過去最高の演技と絶賛された。そして、王がただひとり信じた宦官には、「殺人の告白」「さまよう刃」で演技力に定評のあるチョン・ジェヨン。難しい役柄を、さすがの演技力で見せている。そのほか「建築学概論」「観相師-かんそうし-」のチョ・ジョンソク、「メビウス」「悪い男」のチョ・ジェヒョンら実力派男優が顔を揃え、女優陣にはTV「イ・サン」のヒロインから一転、王を陥れようとする王大后役で初の悪役を演じるハン・ジミン、「ヘウォンの恋愛日記」「自由が丘で」のチョン・ウンチェらが出演。監督は、大ヒットドラマ「チェオクの剣」で知られるイ・ジェギュ。満を持しての映画デビュー作で、定評あるアクションの美学はもちろん人間ドラマにもその才能を遺憾なく発揮している。この度完成した日本版ポスタービジュアルでは、何かを決断しようとする凛々しい表情とも、憂いを帯びた悩める表情ともとれる若き王イ・サン=ヒョンビンの下に、宦官役のチョン・ジェヨンら主要キャラクターを配している。若き王は、いかにして偉大な王へと変わったのか。そして、王はなぜ涙を流し、そのとき何を決断したのか。息もつかせぬ展開で、すべてが解き明かされるラスト。その感動が誰もが大満足間違いなしの話題作、12月の公開が期待される。「王の涙-イ・サンの決断-」12月、TOHOシネマズシャンテ他全国順次公開監督:イ・ジェギュ 出演:ヒョンビン(TV「シークレット・ガーデン」「レイトオータム」)、チョン・ジェ ヨン(「殺人の告白」「さまよう刃」)、チョ・ジョンソク(「建築学概論」「観相師-かんそうし-」)、ハン・ジミン(TV「イ・サン」)、チョン・ウンチェ(「ヘウォンの恋愛日記」「自由が丘で」)2014年/韓国/カラー/137分/スコープサイズ/5.1chデジタル/PG12(C)2014 LOTTE ENTERTAINMENT All Rights Reserved. 配給|ツイン

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  • 女優はどこへ消えた?男性の活躍が目立つ今夏の韓国映画を一挙おさらい!

    女優はどこへ消えた?男性の活躍が目立つ今夏の韓国映画を一挙おさらい!

    年初から韓国の映画業界は盛り上がった雰囲気だった。昨年末に韓国で公開された「弁護人」が1月に入り観客動員数1000万人を突破し、2014年の1年間も忙しくなるものと予想されたためだ。しかし、興行作として期待を集めていた作品は、観客から注目されないまま劇場のオフシーズンに入り、韓国映画はハリウッド大作映画に隠れてスポットライトが当たらなかった。その上、ディズニー映画「アナと冬の女王」の大活躍や旅客船沈没事故は誰も予想だにしないダメージだった。それにもかかわらず成功した作品、目を引くスターはいた。今や5月のゴールデンウィークを過ぎ、夏のピークシーズンに備えるべき時期である。この辺で2014年の韓国映画をまとめ、公開を控えている作品や下半期に観客をときめかせる作品やスターを整理してみた。女優はどこへ?男性の活躍が目立つスクリーン◆5月5月のキーワードは大胆な変身だ。デビュー以来初めて時代劇に挑戦したヒョンビン、40歳という年齢にも大胆なアクションを辞さないリュ・スンリョン、恋愛キングからアクション俳優への変身を図ったイ・ソンギュン、そして生涯初めて19禁の露出シーンを演じたソン・スンホンが観客の関心を集めている。「王の涙-イ・サンの決断-」監督イ・ジェギュ/主演:ヒョンビン、チョン・ジェヨン、チョ・ジョンソク、チョ・ジェヒョン、パク・ソンウン、キム・ソンリョン、ハン・ジミン、チョン・ウンチェ/ジャンル:時代劇ドラマ/韓国公開:4月30日/ストーリー:正祖(チョンジョ:朝鮮王朝の第22代目の王)即位1年、王の暗殺をめぐって繰り広げられる生きていかなければならない者、殺さなければならない者、助けなければならない者たちの緊張感溢れる24時間を描いた時代劇。「ポイントブランク~標的にされた男~」監督:チャン/主演:リュ・スンリョン、イ・ジヌク、ユ・ジュンサン、キム・ソンリョン/ジャンル:アクション/韓国公開:4月30日/ストーリー:殺人事件に巻き込まれたヨフン(リュ・スンリョン)と妻を救うために彼と危険な同行をする医師のテジュン(イ・ジヌク)、彼らを追う二人の刑事が繰り広げる36時間の追撃を描いた作品。「情愛中毒」監督:キム・デウ/主演:ソン・スンホン、イム・ジヨン、オン・ジュワン、チョ・ヨジョン/ジャンル:恋愛ロマンス/韓国公開:5月14日/ストーリー:ベトナム戦争が終盤に差し掛かっていた1969年、厳しい位階秩序と上下関係が存在する軍官舎の中で繰り広げられる、男女の秘密めいた恋物語。「最後まで行く」監督:キム・ソンフン/主演:イ・ソンギュン、チョ・ジヌン/ジャンル:アクション/韓国公開:5月29日/ストーリー:絶体絶命の危機に晒された刑事コ・ゴンス(イ・ソンギュン)が自身が犯した事件を隠蔽し始めたことから起こる奇想天外なストーリーの犯罪アクション。◆6月もう一度、真の男同士の対決が繰り広げられる。「アジョシ」のウォンビンに比較されるほどのチャン・ドンゴンのアクションと、「その怪物」以来さらに強烈な役を選択したイ・ミンギ、そして久しぶりに映画に出演し、ワンマンショーを披露するチャ・スンウォンは夏の始まりに火をつける見通しだ。「ハイヒールの男」監督:チャン・ジン/主演:チャ・スンウォン/ジャンル:犯罪アクション/韓国公開:6月3日/ストーリー:誰にも話せなかった自身の本当の姿を取り戻そうと決心した瞬間、致命的な事件に巻き込まれることになった刑事ジウク(チャ・スンウォン)の取り返しのつかない運命を描いたストーリー。「泣く男」監督:イ・ジョンボム/主演:チャン・ドンゴン、キム・ミニ/ジャンル:アクションドラマ/韓国公開:6月5日/ストーリー:1回のミスですべてを諦めて生きていた殺し屋のゴン(チャン・ドンゴン)が、組織の最後の命令としてターゲットであるモギョン(キム・ミニ)に出会い、任務と罪悪感の間で葛藤しながら繰り広げられるアクション。「皇帝のために」監督:パク・サンジュン/主演:イ・ミンギ、パク・ソンウン、イ・テイム/ジャンル:アクションノワール/韓国公開:6月11日/ストーリー:釜山(プサン)を背景に勝った者だけが生き残るギャンブルのような世界で、異なる皇帝を夢見る二人の男の物語を描くアクションノワール映画。◆7月→8月「神の一手」監督:チョ・ボムグ/主演:チョン・ウソン、イ・ボムス、アン・ソンギ、キム・イングォン、イ・シヨン/ジャンル:犯罪アクション/韓国公開:7月3日/ストーリー:詐欺囲碁棋士たちにより、何もかもを失った一人の男性の復習を描いたアクションノワール。賭け囲碁を背景に、命をかけた一手のアクションを披露するプロたちの物語。「群盗:民乱の時代」監督:ユン・ジョンビン/主演:ハ・ジョンウ、カン・ドンウォン、イ・ソンミン、チョ・ジヌン、マ・ドンソク/ジャンル:時代劇アクション/韓国公開:7月23日/ストーリー:朝鮮時代後期、貪官汚吏(不正を行い私利私欲を貪り、私腹を肥やす役人)がはびこる世の中を痛快に覆す義賊たちの痛快なアクション活劇。カン・ドンウォンが貪官汚吏庶子のチョ・ユン役を、ハ・ジョンウがチョ・ユンによって家族を失い、復習のために群盗に加わるドチ役を演じた。 「バトル・オーシャン/海上決戦」監督:キム・ハン・ミン/主演:チェ・ミンシク、リュ・スンリョン、チョ・ジヌン、チン・グ、イ・ジョンヒョン/ジャンル:時代劇アクションドラマ/韓国公開:7月30日/ストーリー:1597年、12隻の船で330隻におよぶ日本水軍に勝利を収めた李舜臣(イ・スンシン)将軍の鳴梁海戦を描いた海上戦闘劇。「海にかかる霧」監督:シム・ソンボ/主演:キム・ユンソク、JYJ ユチョン、ハン・イェリ、イ・ヒジュン、ムン・ソングン/ジャンル:サスペンス/韓国公開:8月予定/6人の船員を乗せた漁船チョンジン号が大海で密航者を運ぶことになり、抑えきれない事件に巻き込まれるストーリー。「パイレーツ」監督:イ・ソクフン/主演:キム・ナムギル、ソン・イェジン、ユ・ヘジン、イ・ギョンヨン、キム・テウ、f(x) ソルリ/ジャンル:時代劇冒険アクション/韓国公開:今夏予定/ストーリー:朝鮮建国の15日前、消えてしまった玉璽(ぎょくじ)を取り戻すための盗賊たちの激戦を描いたアクションアドベンチャー。

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  • 「王の涙」イ・ジェギュ監督“酷評ばかりだったが…観客たちの存在に勇気づけられた”

    「王の涙」イ・ジェギュ監督“酷評ばかりだったが…観客たちの存在に勇気づけられた”

    多くの韓国国民の期待が集まり、映画の制作が始まるというニュースが報じられた時から期待作に浮上した。「チェオクの剣」「ベートーベン・ウィルス~愛と情熱のシンフォニー~」(以下「ベートーベン・ウィルス」)などを演出したスタープロデューサーイ・ジェギュ監督の初の映画演出作であり、ヒョンビンの軍除隊後初の復帰作、そしてチョン・ジェヨン、チョ・ジェヒョン、ハン・ジミン、チョ・ジョンソク、パク・ソンウン、キム・ソンリョン、チョン・ウンチェといった豪華なキャスティングまで、何一つ足りない物はなかった。このように、「王の涙-イ・サンの決断-」に対する期待はますます高まっていった。しかし、期待が大きいほど失望も大きくなる。マスコミ試写会の後、「王の涙-イ・サンの決断-」はメディアと評壇から酷評された。社会的な雰囲気のため、これといったプロモーション活動ができず、このような酷評は更に目立ってしまい、監督として当惑した。「王の涙-イ・サンの決断-」を通じて伝えたかった観客と一緒に共有しようとした物語は、注目されず埋もれてしまった。もちろん、酷評とは関係なく多くの観客が映画館に足を運んだ。イ・ジェギュ監督はそれに安堵した。そして、「王の涙-イ・サンの決断-」の本質に気づいてくれた観客は多いはずだと信じていた。イ・ジェギュ監督に会い、彼が伝えようとした話に耳を傾けた。―まず、興行成績がどうなるかとても不安だったと思うが、現在の興行成績についてどう思っているのか?イ・ジェギュ監督:損益分岐点を越えたというメッセージを受け、一安心した。最初、酷評ばかりだった時は当惑した。同じようなフレーズと言葉が繰り返される中、その表現のレベルがますます高くなった。数日後、それらの記事をじっくり読んでみて、その人たちの映画を見る視線が僕とは違うのだと思った。それに、観客たちはきっと複数の視線で映画を見るだろうから、映画の長所や存在理由に気付かれる方もきっといらっしゃるだろう。何よりも、僕はこの映画を信じた。映画に対する確信があったので、「王の涙-イ・サンの決断-」を楽しみ、共感してくれる観客もいるはずだと信じていた。そんな観客たちの存在に勇気づけられたと思う。―酷評について聞きたい。正直に言ってその中で釈明したいと思う酷評はあるのか?イ・ジェギュ監督:映画を見る観点が違うし、映画を表面的な部分だけしか見ていないのだと思う。―実際、そのせいでこの映画が伝えようとするメッセージが注目されず、埋もれてしまっていると思う。イ・ジェギュ監督:それがこの映画の運命なのだと思う。一部の意見があまりにも大きくなり過ぎて、まるでそれが全てであるかのように見えて悔しかった。でも、映画の本質が完全に歪曲されることはないだろう。映画の成功や失敗について語ることはできても、「王の涙-イ・サンの決断-」の本質は変わらない、そのことは信じていた。―映画の制作に入るというニュースが報じられた時から「王の涙-イ・サンの決断-」は期待作だった。そのため、撮影途中に不安になったこともあるだろう。また、「良い映画を作らなければ」という周囲の言葉もプレッシャーになったと思うが。イ・ジェギュ監督:制作会社や投資会社は一度もそんなニュアンスの話をしてきたことがない。僕が不安になっていると逆に僕を慰めてくれたくらいだ。もちろん、僕の判断が確固たるものであっても、ドキドキしたり怖さを感じることもある。良い映画を作れると確信しながらも、ある瞬間不安になったりもした。でも撮影や編集を終えてからは少しずつ気が楽になった。―元々歴史への興味は高かったのか?イ・ジェギュ監督:あまり好きではなかった。実はクラシック音楽についてもよく知らない。ただ、よく知らなくても(クラシック音楽を)よく聞いていた。歴史的人物を調べながら興味が湧いた人物の一人が正祖(チョンジョ:朝鮮王朝の第22代目の王)だった。彼の人生の一部をドラマや映画にしてみたいと思った。映画では正祖の一日を描いているが、その裏側が非常に強く胸に響いた。―ドラマのプロデューサーとして名声を得て、作品性と大衆性の両方を手にした。そして、安定したドラマのプロデューサーではなく、新たに映画を選んだわけだが、その理由が知りたい。イ・ジェギュ監督:ドラマを演出するなかで、映画をやってみたいという気持ちがあった。もっと年を取る前に一度挑戦したいと思いつつ、ドラマをやっているうちにそんな考えも薄くなっていった。そうするうちに、ドラマ「ベートーベン・ウィルス」の時、再び映画を演出してみたいという気持ちが芽生えた。「ベートーベン・ウィルス」はシノプシス(ドラマや舞台など作品のあらすじ)にキ・ヒョンド詩人の「埃だらけの青い紙」を加えて演出に乗り出した。あの詩は「ベートーベン・ウィルス」を企画してストーリーを作り上げていく上でとても素晴らしいモチーフになった。そうするなかで、「ベートーベン・ウィルス」のキャラクターがそうだったように、僕が忘れているものは何だろうと考えてみた。だからその後シナリオを受け取ったり、昔から考えていた題材に着手したりした。そうしているうちに「王の涙-イ・サンの決断-」に出会った。今考えると「ベートーベン・ウィルス」は僕の人生に本当に大きな影響を与えた作品だった。それからもう一つの理由として、僕はやったことのないことに挑戦する時、楽しさを感じるタイプだからだ。何か新しいことに挑戦すると常に得るものがあるし、反省もするようになる。今回もそうだった。―「ベートーベン・ウィルス」の後、映画の制作を考えるようになり、その過程で「王の涙-イ・サンの決断-」に出会ったと言ったが、演出を担当するようになるまでの過程についてもう少し具体的に聞きたい。イ・ジェギュ監督:当時、自分が持っているアイテムのうち、3、4つに着手しようとしていたし、原作も6、7作品ほど検討していた。また、20~30本のシナリオも受けた。その中から「王の涙-イ・サンの決断-」を選んだのは、最初のシノプシスに強く心惹かれたからだ。感情的に節制された状態でストーリーが進んでいくことに魅力を感じ、映画全体を貫く悲劇が非常に気に入った。脚本家が当時の社会を深く掘り下げて研究したような印象も受けた。それに、僕は友情の物語が入った題材が好きだ。そして、正祖とガプス、ガプスとウルス、ウルスとウォルヘなど、全キャラクターが共通したトラウマを持っており、そこも良いと思ったポイントだ。このように、「王の涙-イ・サンの決断-」は様々な面で僕が演出してみたいと思う最適のシナリオだった。果たして僕が上手く表現できるだろうかという心配はあったが、やってみたいという欲求の方が強かった。だから映画会社の代表に草稿を作りたいと申し出て、脚本家と1ヶ月で草稿を完成させた。―ところで、映画会社の代表と長年の親交があるようだ。普通は草稿か完成したシナリオを持って映画の制作を提案するのに、「王の涙-イ・サンの決断-」はシノプシスだけで話を進めたことになる。イ・ジェギュ監督:チョイスカットピクチャーズ(「王の涙-イ・サンの決断-」の制作会社)のチェ・ナクグォン代表とは昔から付き合いがある。もし僕が映画を演出することになったら、最初の作品は代表とやりたいと前からよく話していた。だから実際に演出したいと思う原作を代表に見せ、代表も前向きに考えて原作を買った。それが「Palantir」という作品なのだが、これはプリプロダクション(映画などの制作において、撮影前の作業の総称)だけでも数年かかる作品なので、「キング~Two Hearts」を先に演出することになった。それで、構成が良くて面白い物語の映画を作りたいと思っていたが、代表がチェ・ソンヒョン脚本家にシノプシスを要請し、読むことになった。ちなみに「Palantir」は今も進行中だ。―丁酉逆変(王の暗殺を企てた反乱)という歴史的な土台に架空のキャラクターが加わっているので、それらをバランスよく表現することが重要だったと思う。クァンベク、ガプス、ウルス、ウォルヘ、ボクビンなど架空の人物が大勢登場するため、各人物の分配やバランスの調整が難しかったと思うが。イ・ジェギュ監督:シノプシスの段階でキャラクターのバランスは既に決まっていた。正祖、ガプス、ウルスなどに識別された3つの人間のタイプのバランスは当然必要だった。正祖は集団の抑圧の中で人間としての存在価値や本性が抑えられている状態であり、ガプスやウルスも同じだ。そんな彼らが識別された人生から逃げ出すためには、誰かの利他的な助けがないと不可能だ。そんな風に自分を犠牲にした人生を生きている3人がお互いにぶつかるその日、運命がどう変われるのかを見せる映画だ。このポイントが、正祖が私たちがよく知っている正祖に変わるきっかけになると考えた。王として苦しい現実の中で明日を考えるという教科書のような物語だと思うかもしれないが、それが「王の涙-イ・サンの決断-」の本質の一つだ。その内容を上手く伝えられたかどうかは監督の力量だが、物語が散漫だとか、一つの話に集中すべきだという評価は違うのではないかと思う。また、モチーフとしては「ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ」「ドライブ」などと似ている。「リア王」もそうだ。多数の人物が登場し、お互いに殺し合う悲劇的な歴史が描かれているが、それと同じ状況だと思う。家族が家族を殺すしかなく、人間とは一体何かを問いかけている。―この映画に対し、それなりの期待はあったと思う。イ・ジェギュ監督:「王の涙-イ・サンの決断-」はアンチヒーローが明確ではない話だ。集団が作り出した表面的なアンチヒーローのキャラクターだけが登場する。貞純王后は絶対悪のように見えるが、実際はそうではない。しかし、そのような状況でも覚醒や変化はあり得るということを伝えたかった。おそらく誰かが犠牲になるだろうが、それを通じて人々が望むリーダー像が出てくるという話が盛り込まれている。この映画ではガプスとウルスの犠牲が正祖を覚醒させたと思われる。小さなことに誠意を込めれば叶えられるというのは表に描いたメッセージだ。―実際、多くの観客がイ・ジェギュ監督に新しい何かを期待していたと思う。監督はドラマを演出するたびにそのような評価を受けたからだ。自分でもそのことをよく分かっていると思うが、「王の涙-イ・サンの決断-」で何か試みたことがあるのか?イ・ジェギュ監督:映画が成功したかどうかは僕が判断できる部分ではないと思う。だが、韓国ドラマや映画のほとんどは感情の表現が過剰だと思う。作品に付随するものも過多すぎる。だからストーリーに直接緊張をもたらす設定を使わなくても、観客が十分夢中になれる映画を作りたいと思った。そのことをキャッチできたかどうかは観客によると思うが、僕がそのようなことを試みたということだけは言える。また、この物語は映画的ではなく、ドラマの文法や話し方に近いという評価もあったが、むしろ「王の涙-イ・サンの決断-」はドラマとは正反対な作品だ。ドラマではできない手法で描いた。―恐らく監督自身もドラマのスタープロデューサー出身として、そのような評価を受けないようにより熱心に準備したと思う。演出をしながら最も重要だと考えていたものは?イ・ジェギュ監督:そんなことも時々考えた。そして、映画という媒体を通じて自分ができる話をしようと思い、それに集中した。極めてドラマ的な物語ではない、ドラマ的ではない空気で演出した。しかし、そのような目線で多くの人が僕の映画を見ているので、それについてはもう少し考える必要があると思う。まるで物を切るかのように簡単明瞭に説明できる問題ではない。―必ず今の俳優たちが必要だったのか?また、俳優たちと直接交渉したと聞いたが、キャスティングが最も難しかった俳優と比較的簡単だった俳優は誰だろうか?イ・ジェギュ監督:これまでの経験上、シナリオを作ることが一番大変だと思った。そして、その次に難しいのがキャスティングだ。でも、「王の涙-イ・サンの決断-」の場合はキャスティングはあまり大変ではなかった。今までの作品の中で最もスムーズだった。提案した俳優のうち、断られた俳優が一人もいない。俳優全員が積極的に同意してくれた状態で制作を始めた。シナリオが良かったし、自分のキャラクターの存在意義を確実に感じることができたからではないだろうか。そして、彼らが必ず必要だったのかと聞かれたら、もちろん必要だったから彼らに提案したのだ。―ドラマのプロデューサーとして俳優をキャスティングする時と異なる点はあったのか?ドラマの方が合う俳優がいるとよく言うし、映画のみに出演する俳優もいるが。イ・ジェギュ監督:そのような先入観を持たないように努めた。できるだけそのキャラクターに一番合う俳優が誰なのか考えた。もちろん、ドラマの時は演出としてキャスティングする場合もある。(俳優たちの)以前のイメージや名声が演出上必要な場合があるからだ。例えば、「ベートーベン・ウィルス」のカン・マエのキャスティングがそうだった。誠実で信憑性のあるキム・ミョンミンさんにカン・マエのキャラクターを任せたら面白いだろうと思った。しかし、「王の涙-イ・サンの決断-」の場合はそれが必要ではなかった。そして、ハン・ジミンさんに関してだが、全130シーンのうち、ハン・ジミンさんは6シーンだけ登場する。「王の涙-イ・サンの決断-」で象徴性を持ったアンチヒーローの一人が貞純王后だが、その表現において以前とは違う手法を使ったので、観客が受け入れ難かったのではないかと思う。ジミンさんの演技には非常に満足している。すべての俳優が上手く演じてくれたが、その中でも演技が一番上手かった俳優を挙げるとしたらハン・ジミンさんだ。僕の観点と観客の観点は違っていたようだ。―広告の広報映画ではあるが、「インフルエンス」の監督を務めた。その時と変わったことがあるのか?イ・ジェギュ監督:あの時は広告の目的がより規模の大きな映画だったので、演出方法において挑戦できる幅が狭かった。広告の主題を投げることが重要だったからだ。しかし、その時一緒に仕事をした人のほとんどが映画のスタッフだった。その時の経験が映画の撮影現場でのコミュニケーションや撮影方法に役立った。―ドラマと映画の撮影現場で違う自分の姿は見たのか?イ・ジェギュ監督:ロベール・ブレッソンの本を読むと、実装方法の種類が多くなればなるほど、結果は自分の確信から遠ざかるという話が出てくる。それはドラマの制作において一番警戒すべきことの一つで、当てはまることも多い。しかし、映画の制作ではその反対が多かった。映画は撮影現場でコミュニケーションを取るため、僕が見落としていた観点や考えもしなかったポイントを見つけられるようになった。人とぶつかることもあったが、その時間も好きだった。それで、共同の創作物だという印象を非常に受けた。最初は混乱もあったが、作品が深まって豊かになったことを感じた。僕の作品であると同時に、多くの人のものでもあるという印象を受けたと言えるだろう。ドラマの演出者の場合、映画監督よりも遥かに独断的だ。自分の判断をそのまま実行する場合が多い。―ドラマのスタープロデューサー出身者の映画監督デビューは、頻繁ではないが持続的にある。しかし、評価の面ではあまり高い評価を受けていないと思うが、その理由は何だと思う?イ・ジェギュ監督:それはよく分からない。試行錯誤の仕方は人によって様々だと思う。J・J・エイブラムスは映画とドラマを行ったり来たりするし、スティーヴン・スピルバーグも先にドラマを演出してから映画を制作した。また、ハン・ジスン監督もドラマを演出して高い評価を受けた。成功とは言えないケースもあるが、成功したケースもある。それなのに、一般化させようとするとそれがプレッシャーになる。ただ、僕はそれほど利他的な人間ではないが、ドラマと映画両方を演出できる監督になったことで、そんな環境を作りたいという夢はある。ドラマの演出を手掛けている後輩の中で、才能のある後輩が気軽に良い映画を作ることができるようになれば良いなと思っている。僕はそんな欲求が強いようだ。―イ・ジェギュ監督の今後の歩みが気になる。イ・ジェギュ監督:題材を明確に話すことはできないが、もしドラマを制作することになったらその題材として従来の社会体制が崩壊した状態で人々がどのように行動し、何を話すのかが気になる。米ドラマ「GALACTICA/ギャラクティカ」のような感じだ。地球が滅亡した状態で生き残った少数の人間が人間関係を再編していく過程を楽しく描いてみたい。そして、8~10話ぐらいの短いシリーズの物語を演出してみたい。また、次に映画を演出するなら、荒削りなストーリーをより面白く描きたい。「王の涙-イ・サンの決断-」は完全な荒削りの物語ではない。感情も繊細に描かれている。次はより荒削りな状況、荒削りなストーリーを演出してみたい。しかし、現在はドラマにもう少し比重を置いている。

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  • ヒョンビン「『キム・サムスン』と『シークレット・ガーデン』で訪れた人気絶頂期?幸運な時間だった」

    ヒョンビン「『キム・サムスン』と『シークレット・ガーデン』で訪れた人気絶頂期?幸運な時間だった」

    一言をしゃべっても重みのある言葉を話す。慎重に、言葉に念を入れるような話し方。ゆっくりで低い声だが、伝えようとする脈絡は明確で、その中には力があった。空気に溶け込むヒョンビンの静かな声を少しでも逃さないため、インタビュー途中、何度も姿勢を直して彼と向き合った。実際に会ったヒョンビンは想像の中のヒョンビンとあまり違わない、微細な波動を持つ男だった。もちろん、そのことが嬉しかった。「王の涙-イ・サンの決断-」の中の正祖(チョンジョ:朝鮮王朝の第22代目の王)もヒョンビンとあまり違わない男だ。むしろ、ヒョンビン独特の雰囲気が「王の涙-イ・サンの決断-」の正祖を彼だけの独創的なキャラクターに作り上げたと話した方が正しいだろう。暗殺の脅威に直面した若い王を通じて、ヒョンビンは3年間の空白を静かに破った。新しいスタートラインに立ったヒョンビンと、正祖と、より深くて強くなった俳優と会ってきた。―以前、「『シークレット・ガーデン』は自分の満足よりはファンが幸せになれる作品をやりたいと思って出演を決めた」と話したことがあるが、「王の涙-イ・サンの決断-」はどうなのか?自分の満足とファンの幸せのうち、どれが作品の選択にもう少し影響を与えたのか?ヒョンビン:個人的に出演したいと思ったし、この作品を通じて伝えられるメッセージがあるという判断もあった。映画を見る観客が正祖のような君主像を望むだろうと思った。―つまり、「王の涙-イ・サンの決断-」は合意点を見つけて選んだ作品ということなのか?ヒョンビン:そうだ。「シークレット・ガーデン」の時は様々な悩みがあった。ある日、改めて僕のフィルモグラフィーを見たら、「僕はこれまで自分がやりたいと思った作品ばかりやって来たかもしれない」と思えた。僕は自分が選んだ全作品に商業的な要素があると思っている。たぶんその映画を制作したり、映画に参加した人々も同じ考えだっただろう。多くの観客が見てほしいという願いをこめて作品をつくることは、みんな同じであるはずだから。ただ、興行的に成功しないと、その作品はマニアドラマ、もしくはアート映画になる。だが、自分も知らないうちにマニア的に愛される作品、演技的な部分がより多く語られる作品を今までずっとやって来た。―結果的にそれが俳優ヒョンビンが持つ武器になった。ヒョンビン:ハハ。そうだ。僕が作品を選ぶ基準はたった一つ、シナリオだけを見る。シナリオ以外、他のことは全く見ないが、「シークレット・ガーデン」の場合、その基準にもう一つが追加されたことになる。僕がやりたかったのもあるが、ファンが望む作品に出演しようとも思った。―先ほど、君主像を言及した。映画に出てくる「中庸」のメッセージのことだと思うが、現在の社会状況と時期的にぴったり合う部分がある。ヒョンビン:そういう部分が確かにある。―観客が時代劇を好む理由の一つは、そんな痒い部分を掻いてくれるからだと思う。それで、多くの観客が正祖というキャラクターにより多くの関心を示しているのだろう。だが、俳優の立場ではどうか?映画のメッセージが社会状況とぶつかることは俳優にとって負担になるか、もしくはその反対になると思う。ヒョンビン:「小さなことも無視せず、誠意を尽くさなければならない。小さなことにも誠意を尽くせば変わる」という「中庸」23章は簡単であるようだが、難しい言葉である。些細な状況での考え方までも変えてしまう言葉だ。その台詞が今の時代にどのように働くのかは別として、またこの映画との関係とも別として、多くの人が知ってほしいという願いがあった。僕もその言葉を実際の生活に適用しようと努力している。―デビュー初めは実際の年齢に比べ、年齢が高いキャラクターを主に演じた。そうするうちに、自分の年齢と合うキャラクターを演じるようになり、今回は30歳を超えているのに20代の王を演じた。年齢より成熟したキャラクターを演じることと、年齢より未熟なキャラクターを演じることにはどんな違いがあるのか?ヒョンビン:作品の中で「僕がもう少し大人っぽく見えなければならない」とか「若く見えなければならない」と努力したことはない。負担も持っていない。それはシナリオでの状況が自然に作ってくれることだと思うからだ。あ、それでも話し方には気を使う。若い人々が話す速度や語尾の使いは大人のそれと違いが大きいからだ。若い人の話し方を初めて演技に取り入れたのが「シークレット・ガーデン」だった。過去に戻ったキム・ジュウォンを演じる時、語尾の使いにたくさん気を使った。―芸能界の先輩たちと親交が深いことで有名だ。年上の人と仲がいい場合、自分も大人っぽくなるか、逆に愛嬌を振りまいてより子どもっぽくなるかの2つに分かれると思う。人々が思うヒョンビンは前者だと思うが。ヒョンビン:そうだ。僕の性格上、大人っぽい部分がある。活発な性格でもない。働き始めた頃は今よりもっと内気な性格だった。撮影が始まる時に「おはようございます」、終わった時に「お疲れ様でした」と話すことが精一杯だった。仕事する上で役立つ性格ではなかった。そうするうちに先輩たちに会って、アドバイスをもらって、良い影響を受けながら少しずつ性格が変わった。さらに大人っぽくなった部分もある。僕より1、2歳上の兄さんではなく、10歳ぐらい差がある兄さんたちだから、やはり大人っぽくなる(笑)―その集まりの末っ子に俳優キム・ウビンを合流させたいと話した発言が話題になっている。ヒョンビン:あ、それは実はそれで困っている。僕はただ先輩たちがキム・ウビンさんについてたくさん褒め称えるのを聞いて、どんな人なのか気になって連絡を取ってみただけだ。良い人と会うことは嬉しいことじゃないか。僕がキム・ウビンさんの意思を聞いたわけでもないのに、そんな記事が出て申し訳ない。それに、他にも良い後輩は多いのに、その後輩たちが誤解したかもしれない。僕たちは組織でもないし、ただ気の合う人同士が時間がある時に会って趣味活動をする集まりだ。それなのに、まるで人を選んで集まっているように思われている。同じ仕事をする俳優なら、誰でも参加できる集まりだ。―普段、何人ぐらいが集まるのか?ヒョンビン:多い時は20人以上集まる。イム・ハリョン先輩やアン・ソンギ先輩、キム・ヨンチョル先輩、キム・サンギョン先輩も来る。でも、毎回特定の人だけが取り上げられるから、誤解されているようだ。―俳優として一生に一度だけ経験するのも難しい絶頂の瞬間を、ヒョンビンは二度も味わった。「私の名前はキム・サムスン」(以下「キム・サムスン」)と「シークレット・ガーデン」だが、トップに立っている時、ヒョンビンはその瞬間を楽しむタイプなのか、それとも自分自身により厳しくなるタイプなのか?ヒョンビン:正直、2005年の人気は楽しむ余裕がなかった。あまりにも突然だったからだ。「どうしたんだろう?」と思っているうちに、それが通り過ぎた。そうやって5年という時間が経って、「シークレット・ガーデン」の時は「キム・サムスン」の時と似たような、もしくはより大きな声援を受けた。最初はそれを知らなかった。撮影する時に秘書役で出演した(キム)ソンオ兄さんから「今半端じゃないよ。『キム・サムスン』の時よりもっと反応が大きいと思う」と言われて、「何かの間違いじゃない?『キム・サムスン』の視聴率は本当に高かったから!」と話した。だが、後からソンオ兄さんが話したことが合っていることが分かった。―ヒョンビンという人自体に対する関心が以前よりさらに熱くなったから。ヒョンビン:本当にそうだ。「キム・サムスン」の時はオールドミス関連の社会的な話題などが反映されて人気が高かったが、「シークレット・ガーデン」の時はキャラクター自体に関心が高かった。ドラマの後半になった頃、ようやくそれに気づいた。でも、その時はある程度楽しんだと思う。ただ、短かった(笑) もっと楽しめたらよかったのに、僕は計画通りに軍隊に行って、今このように除隊した。そんな時間を送れたことは俳優として本当に幸運だと思っている。だが、それはそんなに重要なことではない。―重要ではないということは、人気に一喜一憂しないという意味なのか?ヒョンビン:いつか落ち着くだろう。人気も、関心も永遠に続くものではないと分かっている。大衆の人気が落ちていく速度も、作品の余韻を吟味する時間もどんどん短くなっているような気がする。そうだとしたら、人気のためではなく違う姿を見せるために、絶えず新たなことに挑戦した方がいいだろう。そんな意味で人気は重要じゃないと思う。―それでは、ヒョンビンが重要だと考えるものは?ヒョンビン:以前、ある先輩が僕に「これだけの位置(トップ)からいつか落ちるなら、いっそのこと一度に大きくこけた方がいい。そうなることで、何が間違ったのかを早く判断し、再び立ち直れるきっかけを作ることができる。でも、緩やかにゆっくりとこけたら、自分が何を間違ったのかが掴めず、油断するようになる」と話してくれた。そんなことを知っていること自体がすごく大事だと思う。人気に振り回されずに演技をしたら損害も、傷も少ないし、演技変身の幅もはるかに広くなると思う。―今、いっそのこと一度に大きくこけた方が良いと話した。そういう意味で、今「王の涙-イ・サンの決断-」をめぐる酷評も悪くはないと思う。俳優にとって酷評も重要だと思う。もちろん、どうしてそんな酷評が出たのかを知って次に進むことと、知らずに進むことには大きな違いがあるだろう。ヒョンビン:そうだ。酷評も重要だ。残念な点や間違った点に関する評価はもちろん受け止めなければならないと思う。受け止める姿勢も持っている。だからといって、すべての酷評を理解したくはない。酷評も結局は考え方の違いなので、全ての酷評には共感できない。昔、「シークレット・ガーデン」の時、初回が放送されてから僕の知り合いたちにアドバイスを求めようとメールを送ったことがある。その時、「間違った部分や修正する部分があったら教えてください」というメールに、ノ・ヒギョン先生から「直さなければならない部分を先に探すのではなく、上手くやったことについて自分を褒めなさい」という返事が来た。最近、その意味についてよく考える。―「上手くやったことを先に褒めなさい」という言葉が何だかぐっとくる。ヒョンビン:ドラマ「彼らが生きる世界」の時、ノ・ヒギョン先生は撮影が始まる前にすでにシナリオを全部書いておいた。初めての台本読み合わせの時、俳優たちに4冊の台本を渡して、その次からは週に2冊ずつ渡してくれたが、その時もそんなことをおっしゃった。「シナリオに間違ったことがあってもそれは今私がすぐに直さなければならない問題ではない。それは私の次の作品に投げかけられた課題だ」という話だった。その言葉の意味が今になってようやく100%理解できそうな気がする。今の酷評で早い時間に答えを探そうとするよりは、深く何度も考えて次の作品で解決していく方がより賢明な気がする。その時、観客が「ヒョンビンの演技が変わった」と感じたら、今のこの悩みが意味のあるものだと思う。今はそんな時間を送っている。―それでは、「王の涙-イ・サンの決断-」で褒めてあげたい自分の姿は?(笑)ヒョンビン:その状況で僕ができることは僕なりに全部やったと思う。正祖として表現したいことについてたくさん悩んだ。僕にとっては決して簡単ではない作業だった。実在した人物で、偉大な業績を残した王として話される人物なので、映画に虚構が加わるとしても完全にフィクションのように演じたくはなかった。それで体を鍛えることや馬に乗る姿、台詞のトーンなど、すべてを相談して、研究して、修正して、熱心に頑張った。それができたもう一つの理由は、しばらくの間僕が演技から離れていたからだ。仕事の大切さに改めて気づいた後、初めてカメラの前に立った作品なので、以前の作品とは心構えが少し違った。それで「王の涙-イ・サンの決断-」は興行や評価は別として、個人的に非常に特別な映画だ。そのように努力した自分を褒めてあげたい。―「王の涙-イ・サンの決断-」関連のインタビューで話したことを見たら、「ヒョンビンだから背負わなければならない荷物」「ヒョンビンだから期待が大きかった」など、「ヒョンビンだから」という話が多かった。それを読んだ瞬間、実際ヒョンビンはそんな視線についてどう感じているのだろうかと気になった。本当に自分が負わなければならない重さだと思ったのか?ヒョンビン:「ヒョンビンの復帰作」「ヒョンビンの正祖」にフォーカスが当てられていると思った。だが、「王の涙-イ・サンの決断-」は正祖に関する物語ではない。丁酉逆変(王の暗殺を企てた反乱)に関わったすべての人物が主人公である映画だ。だから、どんな視線や観点で見るかによって物語が完全に変わる可能性がある。たぶん「正祖の映画」と思って映画を見た観客は裏切りを感じただろう。正祖の感情を追って映画を見ているのに突然フラッシュバックになったり、再び集中しようとしたのにストーリーが違う方向に流れてしまうからだ。映画関連のインタビューが仕方がない状況によって延期されたが、俳優や監督が映画について説明する機会がもう少し早くあったら、誤解の幅を少しは縮められたと思う。―それでは、今の「王の涙-イ・サンの決断-」は予想した結果なのか?ヒョンビン:僕は十分予想した結果だ。だから、この映画は単純に「面白い、面白くない」の問題ではないと思う。映画を見る観客の好みや選択など様々なことが混ざって色んな話が出ているようだが、「王の涙-イ・サンの決断-」をまだ見ていない方、あるいはこれから見る観客にこの映画は正祖一人だけの話を描いた映画ではないということを必ず話しておきたい。―軍生活はどうだったのか?海兵隊員キム・テピョン(ヒョンビンの本名)は他の海兵隊員と同じ基準で軍生活ができたのか?ヒョンビン:その点においては一緒に生活した仲間たちにすまないと思っている。入隊の時、軍隊の高位関係者たちの視線が僕に集中した。事件や事故が絶対に起きてはならない状況だった。特別扱いの議論もあってはならなかった。同じ訓練をやってもヒョンビンだけに緩やかな基準を適用するという話が出たら、あの方たちの立場でも困難になるからだ。それで、多くの方が考えていることとは完全に逆な軍生活だった。むしろ、より厳しかった。それで、僕と一緒に生活した仲間たちがかなり苦労した。―列外のようなことはなかったのか?(笑)ヒョンビン:ハハハ。なかった。僕自身もそんなことが嫌いだ。海兵隊にはIBS訓練(海上攻撃の訓練)というのがあるが、その訓練を受ける時にアキレス腱に問題が生じた。アキレス腱炎症という診断が出た。それで、(訓練から)外される指示を受けたが、僕は諦めたくなかった。訓練がある程度進んだ状態だったし、個人的に恥ずかしいとも思ったので、結局最後まで訓練をやり遂げた。―もし芸能兵士として軍服務をしてたら、海兵隊員キム・テピョンとして除隊した時と今が違ったと思うのか?ヒョンビン:完全に違ったと思う。芸能兵士になっていたら、また違う経験ができただろう。でも、僕が計画したことはできなかったはずだ。当時の僕は徹底的に自分に集中したかった。自分の仕事から一歩離れたかった期間でもあった。それなのに、もし芸能兵士になったら、自分が計画していたことから完全に外れただろう。明らかに違ったと思う。―自分だけではなく、自分が属していた世界についても客観的な視線で見つめる時間を軍隊で持ったと思う。ヒョンビン:完全に第3者の立場では見つめられなかったが、そんな時間を持とうと努力した。俳優としての人生を振り返った時、演技は高校の時に好きで始めたことだった。もう少し専門的に知りたいと思って演技関連の大学に進学し、その後、映画のオーディションを受けて映画を撮り始めた。長い間望んできた仕事をやるようになったわけだ。それで、僕は常に自分が好きで演技をしていると思っていた。でも、ある瞬間、好きだったことが本当に仕事になっていることに気づいた。「仕事だからやろう」と思っていた。それで、軍隊にいる間、演技を始めた時の感情をたくさん思い浮かべた。それで、「王の涙-イ・サンの決断-」に対する愛着が強かった。そんなことを考えた後、社会に出て初めて臨んだ映画なので意味が大きい。―ヒョンビンの20代は熾烈で忙しかった。ヒョンビン:そうだったと思う。もちろん、仕事ばかりして20代を過ごしたわけではない。1年365日を演技のことだけ考えて、撮影だけしたわけではないから。でも、大半が仕事に関する思い出だ。個人的な思い出はあまりない。それは人間ヒョンビンにとってはあまり良くない人生だと思う。一方を失ったから、違う一方が成果を収められた部分もきっとあるはずだが、30代はその幅を縮めたいと強く思っている。仕事の中で個人的な喜びも満喫するようになりたい。―2008年に出演した映画「私は幸せです」になぞらえて質問すると、ヒョンビンは今幸せなのか?ヒョンビン:最近は幸せをたくさん感じている。好きな仕事をまたこのようにやっているから、より幸せを感じているんだと思う。―あ、ヒョンビン公共財説を聞いたことがあるのか?みんなが一緒に共有すべきだと言われているが。ハハハ。ヒョンビン:ハハハ。僕は公共財から外してほしい。先ほど話したことの延長線である。個人的な人生と俳優としての人生の間の幅を縮めたいと思っている。また、そうすべき時期だと見ている。結婚もしたいし、結婚するためには異性と会わなければならない。だが、考えてみれば、俳優は本当に皮肉だ。俳優にとって一番大事なのが経験なのに、この職業に携わることで最も遮断されるのがまた経験である。経験は少なくしているのに、演技は大きなことを見せなければならない。演技がリアルに見えないと、観客は失望する。結局、俳優の仕事はそれをどうやって上手く調節するかの戦いであるような気がする。30代の時はそのバランスを上手く取りたい。

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  • 「王の涙」チョ・ジョンソク“撮影はハードだった…雨に打たれなかったヒョンビンが羨ましい”

    「王の涙」チョ・ジョンソク“撮影はハードだった…雨に打たれなかったヒョンビンが羨ましい”

    弱い少年がいた。拉致同然で秘密組織に連れてこられ、死の危機に怯えながら一日一日を過ごした。むしろ死んだ方が楽かもしれない状況だった。しかし、少年はそれを乗り越え、硬い鎧を身に着けた。中身は弱いままだが、生き残るためには硬い鎧を着て生きていかなければならなかった。そうして彼は殺し屋として育てられた。これは映画「王の涙-イ・サンの決断-」のウルス(チョ・ジョンソク)の人生だ。「王の涙-イ・サンの決断-」でウルスは小さい頃からクァンベク(チョ・ジェヒョン)の秘密組織で暗殺のためだけに育てられた。その後、朝鮮最高の殺し屋に成長し、一度受けた依頼は完璧に処理した。クァンベクから離れて新しい人生を生きてみたいと思ったが、彼から離れるためには成功したとしても生きていけない任務を果たさなければならなかった。その任務とは正祖(朝鮮王朝の第22代目の王、ヒョンビン)を暗殺することだった。もしかすると、ウルスがクァンベクから逃げ出せる唯一の方法は死のみだったかもしれない。小さいウルスが生きてこられた理由はガプス(チョン・ジェヨン)の存在であった。自分にウルスと名前を付けてくれ、自分を助けるために内官となって宮廷に入った。それがウルスを大人になるまで生きてこられるようにした原動力だった。ガプスの記憶とガプスのもつ強さと精神力は憧れの対象であり、それらはウルスが死なずに生きてこられた理由だった。以後、大人になって殺し屋となったウルスは、ウォルへ(チョン・ウンチェ)に出会い、恋に落ちた。ウルスにとってウォルへは希望の光だった。正祖暗殺の命令に逆らえばウォルへまで危機に晒されてしまう、クァンベクから逃げ出したいというのもあったが、ウォルへを守りたいとも思った。ウルス役を演じたチョ・ジョンソクは「正祖の暗殺はウルスにとって希望のようなものだった。ウルスのように暗い過去を持つ人物ほど希望を強く求める。正祖の暗殺後は死を覚悟したが、それでも一筋の希望の光は諦めなかったと思う」と語った。結局、ウルスにとって正祖の暗殺は、そうすることで状況が変わるかもしれないという最後の希望だったのだ。今まで真面目で優しいイメージを見せてきたチョ・ジョンソクは、人間味のない殺し屋役を通じて冒険を敢行した。イメージチェンジを意識していたわけではないが、結果的に彼のもう一つのイメージを作り出したことは確かだ。「人間ではないと思った」というチョ・ジョンソクの言葉通り、ウルスは箸で人を殺しても何事もなかったかのようにお酒を飲めるような人物だ。映画「建築学概論」以降、ずっとチョ・ジョンソクについて回っていた修飾語がナプトゥク(映画の役名)だ。キャラクター自体が強烈だったというのもあるが、ミュージカル俳優として有名だったチョ・ジョンソクという俳優を世間に知らしめたためだ。以後、ドラマとスクリーンを行き来しながら様々な役を演じてきたが、依然として「ナプトゥクという修飾語に負担を感じることはないのか」という質問を受ける。これに対しチョ・ジョンソクはいつも「ナプトゥク役で僕のことを世間に知ってもらえたのだから、負担はないし有り難いと思っている」と一様に答えている。ナプトゥクというキャラクターは強烈だったが、作品ごとにチョ・ジョンソクは自分の役を完璧に演じきっている。これは彼特有の真面目さゆえかもしれないし、彼の役に対する姿勢によるものかもしれない。彼は「なるべくプレッシャーを感じないようにしている。プレッシャーを感じると、自分の実力以下の力しか出せないと思う。与えられた役を一生懸命に演じ、その役に最善を尽くすだけだ」と語った。ウルスは悪役のようで悪役でない人物だ。冷酷な殺し屋として育てられただけで、本性が冷たいわけではないという意味である。これまでのイメージとのギャップも大きかった上に、そのギャップによる違和感が生じる恐れもあった。「シミを付けるメイクを施され、初めは本当に戸惑った。でもそれがウルスの生きてきた人生で、ウルスの歴史を見せられると思ったら、戸惑う気持ちなどなくなった」と話した。観客が感じる違和感に対するプレッシャーはなかった。これと共にチョ・ジョンソクに与えられた課題はウルスの感情だった。ウルスは中々感情を表に出さない人物だが、ウルスの本心をチョ・ジョンソクだけは知っておく必要があった。自分一人だけで解決できる内面の演技が必要で、感情を表に出さなくても観客がそれを感じられるように演じなければならなかった。チョ・ジョンソクが説明するウルスは「感情表現はあまりしないが、一番弱い部分に触れられると揺れてしまう人物」だ。そのようなギャップを表現するために彼は努力した。普通の日常を送っている人には分からない感情だった。撮影は本当にハードだった。チョ・ジョンソクは「尊賢閣(ジョンヒョンガク)は何故こんなにも入るのが大変なのか」思うほどであったと言う。これは、尊賢閣に入るまでの撮影の苦痛を端的に表現したものだ。尊賢閣の入口で雨に打たれるシーンだけで1ヶ月かかり、寒さのため体を温めて再度撮影に臨むことの繰り返しだった。「全ての俳優とスタッフたちが寒さと戦った」と言うほどだった。チョ・ジョンソクは正祖役を務めたヒョンビンが羨ましかった。キャラクターではなく、尊賢閣の中で雨に打たれず、直接対決するシーンを撮影する時さえ雨に打たれなかったヒョンビンが羨ましかったという可愛い文句だった。どのくらい寒かったのかという質問に、彼は何も言わずに表情で全てを語り、「最善を尽くしただけだ」と一言でまとめた。イ・ジェギュ監督はウルス役にチョ・ジョンソクを抜擢した理由として少年の感性を挙げた。ウルスは弱い子供で、生きるために硬い鎧を身に着けた子供だった。その鎧が破壊された時、その弱い部分が表に出なければならなかった。チョ・ジョンソクにはそんな少年のような感性があった。チョ・ジョンソクも「少年の感性は持っていると思う。正確にどういったものを指すのかは分からないけれど、やんちゃな部分も弱い部分も持っているし、心も優しい。その全てを指しているのだと思う」と語った。最近チョ・ジョンソクは女優シン・ミナと共演した映画「私の愛、私の花嫁」の撮影を終えた。もう休んでもいいだろうが、彼はミュージカル「ブラッド・ブラザーズ」の準備で忙しい日々を送っている。「幸せな毎日だ。実家、故郷に帰ってきた気分だ。本当に楽しみながら準備している。休みたいとは思わない」チョ・ジョンソクの活躍は当分の間続くだろう。ウルスが去れば「ブラッド・ブラザーズ」が来るし、下半期には映画「私の愛、私の花嫁」が待っているのだから。

    マイデイリー
  • ヒョンビン、除隊当時に涙を流した理由は?

    ヒョンビン、除隊当時に涙を流した理由は?

    ヒョンビンが除隊当時、涙を流した理由について語った。ヒョンビンは12日午後、ソウル三清洞(サムチョンドン)のカフェで行われたOSENとのインタビューで「演技ができると思うと、涙が出てきた」と述べた。彼はこの日「実は、除隊する時に泣くまいと思っていた。最初、訓練所に行った時は考える余裕がなかった。ただ、よく寝て食べるのが任務だった。それだけだったが、休む時間ができて一人でいる時に、段々思い出し始めた」と述べた。また、「休暇をもらった時、後輩たちの演技を見て代わりに満足していたようだ。そんな満足を今は自分でできるようになったと思い、除隊当時涙が出てきたんだと思う」と伝えた。「泣くまいと思っていた。出てすぐお辞儀をした時もぐっときたが、我慢してちゃんと体を起こすことができた。しかし、予想が外れた。演技の話をしながら突然爆発してしまった」と付け加えた。「王の涙-イ・サンの決断-」は30日の公開以来、興行が巡航中だ。

    OSEN
  • ヒョンビン「除隊後の復帰作『王の涙』他のキャラクターにも惹かれるほど魅力的なシナリオだった」

    ヒョンビン「除隊後の復帰作『王の涙』他のキャラクターにも惹かれるほど魅力的なシナリオだった」

    俳優ヒョンビンが戻ってきた。ドラマ「シークレット・ガーデン」で女心を揺さぶり、海兵隊に入隊したヒョンビンが正祖(朝鮮王朝の第22代目の王)になって「王の涙-イ・サンの決断-」で戻ってきたのだ。丁酉逆変(王の暗殺を企てた反乱)をモチーフにした「王の涙-イ・サンの決断-」は正祖即位1年、王の暗殺を巡って生きようとする者、殺そうとする者、生かそうとする者たちのすれ違う運命と歴史の中に隠された緊張感溢れる24時間を描いた作品だ。史実とフィクションを組み合わせて誕生した作品でヒョンビンは、思悼(サド)世子の息子として生涯暗殺の危機で生きた朝鮮王朝の第22代目君主、正祖役を熱演した。完璧に変身した。頭から足先まで、眼差しから体まで、ヒョンビンは正祖に扮するために厳しい毎日を過ごした。繊細な部分にも気を使った。封切り前に公開された映像で見せたヒョンビンの怒った背中の筋肉(筋肉の模様が怒った顔のように見えることから)は、ただ女性観客のためのファンサービスではなかった。それほど厳しい毎日を過ごした正祖の体だったし、ヒョンビンも正祖の心、そして体を表現するために気を使ったのだ。「王の涙-イ・サンの決断-」の正祖はそのように誕生した。正祖は周知の通り、これまで大勢の俳優によって数多くの作品で描かれてきた。それほどドラマチックな人生を生きた王と言える。ヒョンビンが正祖を演じることが知られると、人々はヒョンビンが作り上げる正祖に対する期待感を示した。○○の正祖とはどう違うだろうかという期待は、とても自然であり当然のことであった。しかしヒョンビンは違った。「以前、先輩たちが演じた正祖を見たことがありません。だから、どう演じたかは分からなかったです。わざと見なかったのもあります。見たら真似してしまいそうだったので、わざと避けました。そのため、いかに違う正祖が表現されたのかは分かりません。ただ、僕たちの映画では他の作品より人間的な正祖の姿にスポットライトを当てたのはありますね」おそらく「王の涙-イ・サンの決断-」は、ヒョンビンにとって大きなプレッシャーになりうる作品だった。軍除隊後の復帰作だった上に、時代劇に挑戦した。100億ウォンが投じられた大作のタイトルロールでもあった。しかし、それほどやりたかった演技をプレッシャーを抱えて選択するということは容易ではなかったはず。にもかかわらずヒョンビンは「王の涙-イ・サンの決断-」の中心に立っていた。「シナリオに惹かれたんです。中国でファンミーティングをやっていた時に台本を頂きました。『王の涙-イ・サンの決断-』で正祖役のオファーを受け、頂いた後に読んでみたんですが、他のキャラクターもやりたかったです。普通、シナリオを読んだら僕の役柄を見て映画の全体的な感じを見るんですが、他のキャラクターにも視線を惹きつけられたのが新鮮でした。とても魅力的なシナリオだと思ったんです」しかし、意外とヒョンビンは大きなプレッシャーを感じなかった。ヒョンビンの言葉を借りると、「頼れる人の多い」作品だった。ヒョンビンは「良い俳優たちと、映画は初めてだが演出力で認められた監督、その他のスタッフ。みんな凄い顔ぶれだった。僕は僕の役だけに集中していれば問題ないなと思った。現場でも先輩方に『頼らせて頂きます』と話した」と語った。どんなに良い俳優と信頼できるスタッフが一緒にやっても、初めてというプレッシャーと心配まで消せるわけではない。自身の役のみに集中していれば問題ないが、役に集中するまでの過程も必要だった。時代劇が初めてのヒョンビンも、こんなところにきっと心配とプレッシャーを感じたのだろう。これは、ヒョンビンの持つ誠実さで乗り越えた。 「時代劇のトーンを決めることについて、イ・ジェギュ監督とたくさん話しました。シーンの撮影が終わる度にモニタリングをしました。時代劇はこんなトーンでこんな感じというのがあるんですが、僕が考えたこととは全てが違ったんです。正祖は大人で王だけど、1年しか経っていないし、どこかは下手で、どこかは良かったのかも知れません。全ての状況が異なったので、トーンについて監督と音響担当者にまで聞きました。本当に全てのシーン、全ての場面でそうしていたと思います」現場でヒョンビンは、イ・ジェギュ監督に多くを頼らなければいけなかったのかも知れない。イ監督はドラマでは好評を得たが、映画は初めてだった。ヒョンビンが見る現場でのイ監督はどんな人だったのだろうか。「とても真剣な方です。映画にすごくハマっていました。この作品に全てを注いだということが伝わりました。だから信頼できたんだと思います。どんな状況でも構わなくていいという信頼が生じました。作品にこれほどの情熱があるのならばと思い、信頼できました。それで初めて会った日、その場で出演を決めたんです。監督は一言で言えば優しいキツネです」実は「王の涙-イ・サンの決断-」はメディア試写会の後、酷評を浴びた。最近発生した旅客船沈没事故により、メディア試写会を除いた全てのスケジュールが中止となり、「王の涙-イ・サンの決断-」に出演した俳優は自身が出演した映画を観る前に酷評から接しなければならなかった。タイトルロールを務めたヒョンビンは、そんな反応にどんな思いだったのだろうか。ヒョンビンは敏感な質問にも淡々と言葉を続けた。「気分が悪いとかは全然ありません。(完成版を見る前だったので)情報がまったくありませんでした。どうしてこんな反応なんだろうと思いながら映画を観に行ったんです。僕の映画だからというよりも、誤解があったんだと思います。観点の違いでしょうか。僕たちが映画を作る時の意図のようなものを、違う観点から見た方々がいるかも知れませんから。どこに重点を置くかによって、裏切られたと感じられるかも知れません。しかし、この映画はそれぞれのキャラクターを見せるための映画なんです。そういった所、観点の違いからの問題だと思います」ヒョンビンの答えの中で最も興味深かったのは、「『王の涙-イ・サンの決断-』は正祖の映画ではない」というところだ。彼は「これは正祖の映画ではない。僕もそれを知って作品に入った。『王の涙-イ・サンの決断-』は丁酉逆変の中でお互いの人生と運命が絡んでいるそれぞれの物語を描いた作品だ。正祖の感情だけに付いていったら、きっと裏切られたと感じるはず」と語った。最後にヒョンビンは、自身が持っている真っ直ぐなイメージについて言及した。彼は「一体そのイメージはなぜ作られたんでしょうか」と聞き返した。「悪い修飾語ではありません。でもずっと何かを制約させられてしまうのはあると思います。何かにもっと気を使うようにさせるんですね。そんなイメージのお陰で僕がうまくやって来られたと思いますが、修飾語一つでイメージが固執してしまうのを好む方ではありません」

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  • 「王の涙」チョ・ジョンソク“ワーカーホリック?恋は時が来たらするもの”

    「王の涙」チョ・ジョンソク“ワーカーホリック?恋は時が来たらするもの”

    俳優チョ・ジョンソクが仕事と恋愛のうち、まだ演技がいいと答えた。映画「王の涙-イ・サンの決断-」(監督:イ・ジェギュ、制作:チョイスカットピクチャーズ)で正祖(チョンジョ、ヒョンビン)を暗殺しなければならない朝鮮一の殺し屋役を演じたチョ・ジョンソクは、最近行われたTVレポートとのインタビューで「休む暇なく働いているが、疲れていない」と伝えた。チョ・ジョンソクは映画「建築学概論」(2012、監督:イ・ヨンジュ監督)でデビューし、「救国の鋼鉄隊列」(2012、監督:ユク・サンヒョ)、MBCドラマ「キング~Two Hearts」、KBS 2TVドラマ「最高です!スンシンちゃん」、映画「観相師」(2012、監督:ハン・ジェリム)そして「王の涙-イ・サンの決断-」まで休まず活動を続けている。最近は「私の愛、私の花嫁」(監督:イム・チャンサン)の撮影を終え、ミュージカル「ブラッド・ブラザーズ」準備の真っ最中だ。このように着実に作品活動を続けているチョ・ジョンソクは休みについて「大変ではない。最近は公演の練習をしているが、まるで実家に帰ったようで楽しい。本当に幸いなことに楽しく、幸せだ。もちろん体力的に疲れるときもあるが、今は演技が本当に楽しい」と切り出した。「恋する年頃に仕事ばかりしているようでファンが心を痛めそうだ」という取材陣の質問に「恋は時が来たらすればいい。親しい友達が結婚して子どもを生むのを見ると羨ましくはあるが、今は少しその羨ましさを閉まっておきたい。僕にとってもっとも大きな目標はミュージカルをたくさんの方々に披露し、愛されること」とし、「稽古に行くことが幸せで楽しく、疲れない」と答えた。続いて「本当に休みが必要なときもあると思う。そのときは旅行をしてみようと思う。普段から旅行が大好きだが、デビュー以来ちゃんとした旅行に行けなかった。後で本当に大変で、疲れたとき旅に出る」と付け加えた。「王の涙-イ・サンの決断-」は丁酉逆変(王の暗殺を企てた反乱)をモチーフにヒョンビン、チョン・ジェヨン、パク・ソンウン、チョ・ジョンソク、チョ・ジェヒョン、キム・ソンリョン、ハン・ジミン、チョン・ウンチェなどが出演し、MBCドラマ「チェオクの剣」「ベートーベン・ウィルス~愛と情熱のシンフォニー~」「キング~Two Hearts」を演出したイ・ジェギュ監督のスクリーンデビュー作だ。

    TVレポート
  • 「王の涙」チョン・ジェヨン“ヒョンビンは歳の差を感じられないほど真剣な人だった”

    「王の涙」チョン・ジェヨン“ヒョンビンは歳の差を感じられないほど真剣な人だった”

    「いったい何が残念だというのか?!」俳優チョン・ジェヨンが(43)が映画「王の涙-イ・サンの決断-」(監督:イ・ジェギュ、制作:チョイスカットピクチャーズ)を観る前に言った一言だ。旅客船セウォル号沈没事故の影響でマスコミ向け試写会と記者懇談会がキャンセルとなり、「王の涙-イ・サンの決断-」の俳優たちは公開二日前にやっと完成版を見ることができた。試写会を通じて公開された後、毎日のように酷評する記事が溢れていた時だ。チョン・ジェヨンは8日、ソウル鍾路(チョンノ)区のカフェで行われたインタビューで「王の涙-イ・サンの決断-」に対する評論家らの酷評、観客の反応に対して率直に打ち明けた。結論から言えば「にもかかわらずはっきりとした長所を持っている映画」が「王の涙-イ・サンの決断-」だという。「チェオクの剣」シンドロームを巻き起こしたイ・ジェギュプロデューサーのスクリーンデビュー作、除隊したヒョンビンの復帰作、100億ウォンが投じられた大作、華やかなマルチキャスティング。「王の涙-イ・サンの決断-」についた数多くの修飾語は、作品に対する期待を高めた。「王の涙-イ・サンの決断-」が担った期待の重さは毒になって戻ってきた。「映画を酷評する記事がたくさん流れている中で映画を見ました。『何が気に入らないというのか?』と思いながら映画を見ました。すると、どの地点で残念がるのかが分かりました。商業的なテンポの映画ではないじゃないですか。でも、これはシナリオ段階からそうだったんですよ。『王の涙-イ・サンの決断-』自体がそのような性格の映画なんです。密度のあるシーンが多いじゃないですか。シーンごとに念を入れたミジャンセン(舞台装置)も素晴らしいと思います。短所を見つけようとすれば短所しか見えないはずです」「王の涙-イ・サンの決断-」は正祖(チョンジョ)即位1年、王の暗殺をめぐり、殺そうとする者と生かそうとする者、生きなければならない者のすれ違う運命と歴史に隠されていた緊張感あふれる24時間を描いた作品だ。チョン・ジェヨンが演じた尚冊(サンチェク:朝鮮時代に書籍の管理をしていた官僚)は幼い頃に宮に入り、世孫時代から正祖を補佐した唯一の臣下で、目を見るだけでお互いの意中が分かるほど正祖の絶対的な信頼を受ける人物だ。「シナリオの軽くない、重々しく奥ゆかしい感じがよかったです。重い物語に真正面から取り組むじゃないですか。それぞれのシーンが持つ感じもよかったですし。正祖を巡る人物たちの関係が重く、その中で発信する重いメッセージにも惹かれました。ほかの映画では難しかったところを『王の涙-イ・サンの決断-』が触れてくれたと思います」評論家らの酷評とは裏腹に「王の涙-イ・サンの決断-」は5月の連休で観客数201万人を動員、公開9日目に累積観客動員数250万人を突破しながら順調に興行している。その秘訣についてチョン・ジェヨンは「ヒョンビンに対する信頼、イ・ジェギュ監督に対する期待が働いたと思います」と伝えた。以下はチョン・ジェヨンとの一問一答である。―「プランマン」「さまよう刀」に続き、今年3回目のインタビューだ。チョン・ジェヨン:そうだ(笑) 私は大丈夫だけど、記者さんの方が嫌気が指すのではないか。ハハ。―一部の酷評に傷ついたことはないか?チョン・ジェヨン:監督が大変だったな。私と同い年だが、こんなに激しく言われたのは生まれて初めてだと冗談を言うほどだったから(笑) 重要なのは、どの映画でも酷評と好評は分かれるということだ。「王の涙-イ・サンの決断-」に対する期待があまりにも大きかったから失望も大きいと思う。たとえば、ヒョンビンに似た男が出るという合コンに出たら、ヒョンビンに似ているのは似ているけど何となく少し足りない男が出たような?(座中爆笑) でも、うちの映画は長所も明確になっている。決して容易ではないミジャンセンをやりこなした。もちろん評価を拒否するつもりはない。受け入れないと。―記事の書き込みを通じて観客同士が言い争うこともあった。チョン・ジェヨン:そうだ。好評はマスコミ戦略だと思い、酷評が正確な評価だと思う人々の視線が残念だ。短所を見つけようとすればどの映画でもきりがない。時代劇に対する先入見も働いたと思う。「王の涙-イ・サンの決断-」は「王になった男」や「観相師」とは異なるじゃないか。そこから来る失望感も確かにあると思う。―特に多すぎるフラッシュバックの回数が残念だという声が大きい。チョン・ジェヨン:シナリオ上ではもっと長かった。「王の涙-イ・サンの決断-」は一日間の物語だ。フラッシュバックは人物それぞれの歴史を見せるための仕方ない選択だった。フラッシュバックは過去を見せることにおいて欠かせない。だからといって正祖がダンベルを持って走るようなショーマンシップを見せるのも違うと思う。―そばで見たイ・ジェギュ監督はどんな人なのか?チョン・ジェヨン:とても真面目で謙虚な人だ。すごく優しいけど撮るものはちゃんと撮る(笑) 本人も大変だったと思うが、現場ではそのような様子をまったく見せなかった。―ヒョンビンとの共演はどうだったか。チョン・ジェヨン:すごく大人しかった。実際は私より12歳年下だが、4~5歳下だと思うほど真剣な人だった。現実でも正祖みたいだというか。もちろん彼は愛嬌が多い性格ではない。愛嬌は私が振りまいた。ハハ。彼はちゃんとした家柄で良い家庭教育を受けながら育った人みたい。―ヒョンビンの鍛え上げられた背中の筋肉に劣らない筋肉だ。チョン・ジェヨン:いや、まったく。一日数時間の筋肉トレーニングがどうやってできるのか分からない。作る途中に諦めた。ハハ。―「中庸」23章を引用した小さいことに誠意を込めれば世の中を変えられるというセリフが話題になっている。チョン・ジェヨン:私の希望でもある。小さいことどころか、大きいことにも誠意を込めることができない(笑) 何事でもせっかくするなら楽しみながらした方がいいと思う。頭でたくさん計算してから選択する人がいるが、どんな選択でも長所と短所が共存する。私は頭で計算しながら複雑に選択するより、自分がやりたいことをするタイプだ。―「王の涙-イ・サンの決断-」で5000万俳優になれると思うか?チョン・ジェヨン:そのような修飾語は私にとってあまり意味がない。どんな作品でもいい感じの作品として大衆に覚えられるのがはるかに重要だと思う。作品の観客数は1~2年が経つとすべて忘れられるじゃないか。―どんな俳優として残りたいか。チョン・ジェヨン:デビューした頃は世界最高の俳優になることが夢だった(笑) 振り返ってみれば、本当にとんでもない夢だったような気がする。まるで大統領になりたいと言うのと一緒だ。今はもう少し現実的な夢を見る。熱心に、誠実に自身の道を歩く俳優として覚えられたい。これは努力すればいくらでも叶えられる夢じゃないか。

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  • 「王の涙」ヒョンビン“観客の反応がくやしい、評価が分かれた原因は…”

    「王の涙」ヒョンビン“観客の反応がくやしい、評価が分かれた原因は…”

    映画「王の涙-イ・サンの決断-」の主演を務めた俳優ヒョンビンが「王の涙-イ・サンの決断-」に対する観客の反応に悔しい気持ちを伝えた。ヒョンビンは12日、三清洞(サムチョンドン)にあるカフェで行われたOSENとの取材で「観客の反応が多少悔しい。観点の違いがあるようだ」と述べた。彼はこの日、「マスコミ試写会が終わってから酷評があったが、僕は当時映画をまだ見ていなかったので情報がなかった」とし「その後、映画を見たが、僕は自身が出演した映画だからではなく、誤解があるような気がした。観点の違いだと思う」と話を始めた。続いて、「かなり違う観点で見られる方々がいるようだった。正祖(チョンジョ)のドラマやキャラクターに対する内容と感情に沿って見ようとする方々は、裏切られたと感じるかもしれないと思った」とし「しかし、そもそも監督の意図はキャラクターを見せることだった。そのため、人物のフラッシュバックが必要だった」と説明した。また、「公開した今になって悔しいのは、歴史的な事実をベースにフィクションを加えて作った映画なので、基本情報が少しは必要だったと思う。しかし、それらの情報がないまま見られた方々はがっかりしたかもしれない」とし「例えば『お婆さんが何でこんなに若いの』と思われる方々は、そこから違う見方が始まっただろう。監督もそういった部分を悔しがっている」と付け加えた。さらに「正祖の映画ではないことを僕も知ったうえで選択しており、実際の出来事にフィクションが加えられたが、お互いの人生と運命が絡み合っているそれぞれのストーリーを描いた作品のため、正祖の感情だけについて行くと裏切られたと思われる方々もいるだろう。たくさんの情報と接してから映画を見ると(裏切られた感じも)和らぐのではないかと思う」と語った。「王の涙-イ・サンの決断-」は韓国で先月30日に公開して以来、順調に上映中だ。

    OSEN
  • 「王の涙」と「ポイントブランク」公開2週目の週末に観客動員数300万人&200万人を突破!

    「王の涙」と「ポイントブランク」公開2週目の週末に観客動員数300万人&200万人を突破!

    映画「王の涙-イ・サンの決断-」が公開第2週目の週末に58万人の観客を動員した。映画振興委員会の映画館入場券統合ネットワーク集計によると、映画「王の涙-イ・サンの決断-」は5月第2週目の週末(5月9日~11日)の3日間で観客動員数58万1032人を記録し、興行成績1位をキープした。この日までの累積観客数は321万4595人で、公開11日目の記録だ。映画「王の涙-イ・サンの決断-」は、正祖(朝鮮王朝の第22代目の王)即位1年、王の暗殺を巡って生きようとする者、殺そうとする者、生かそうとする者たちのすれ違う運命と歴史の中に隠された緊張感溢れる24時間を描いた作品だ。ヒョンビンの復帰作であり、イ・ジェギュ監督の映画デビュー作として話題を呼び、公開当日である4月30日から5月11日まで興行成績1位の座をキープして観客の熱い支持を得ている。同期間「ポイントブランク~標的にされた男~」は55万3403人の観客を動員して興行成績2位を記録した。累積観客数は203万2004人で、公開11日目にして200万人の観客を動員した。この他「アメイジング・スパイダーマン2」は34万6289人の観客を動員して興行成績3位を記録し、「RIO2」は10万4600人で4位を記録した。「ラストベガス」「ミスター・ピーボディ&シャーマン」「グランド・ブダペスト・ホテル」などがその後に続いた。

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