「マルティニークからの祈り」パン・ウンジン監督“事件の主人公に降りかかった現実に注目”
写真=イ・ソンファ、CJエンターテインメント
「藁にもすがるその気持ちに共感できなかったら、演出もできなかったと思います」名前さえ馴染みのないフランスの離れ島マルティニーク島の監獄。平凡な主婦がここに収監され、2年後にやっと家族のもとへ戻ってきた。フランスのオルリー空港で麻薬の運び屋に誤解され、韓国から飛行機で22時間、1万2400kmも離れている地球の反対側で悪夢のような毎日を過ごした。
アメリカドラマの題材になりそうなこの事件は、2006年に韓国の主婦チャン・ミジョンさんに起きた実際の事件だ。いわゆる“チャン・ミジョン事件”を題材にした映画「マルティニークからの祈り」(監督:パン・ウンジン、制作:CJエンターテインメント、多細胞クラブ)はある瞬間壊れてしまった平凡な家族の日常と地球の反対側である女性が経験した侮辱、そして韓国の国民である彼女から目を逸らした人たちの姿をカメラにおさめた。
パン・ウンジン監督は最近TVレポートとのインタビューで「試写会に来てくれたチャン・ミジョンさんはたくさん泣き、私を抱きしめながらありがとうと言いました。チャン・ミジョンさんがこの映画のせいで傷つくのではないかと心配していたので胸がジーンとしました」と話を始めた。
「麻薬であることを知っていたのか知らなかったのかは重要じゃない」
映画はオルリー空港で尋常ではない気配を感じたジョンヨン(チョン・ドヨン)の姿から始まる。夫の後輩の死、借金の保証、滞った家賃、目に見えて大きくなる娘。肩にのしかかる生活の重さに耐えていたジョンヨンは夫ジョンベ(コ・ス)の後輩の提案で南米のガイアナからフランスに原石を運ぶ。運ぶだけで数ヶ月の生活費を稼げるのだ。しかし原石だと思っていたかばんの中にはものすごい量の麻薬が入っていた。麻薬の運び屋だと勘違いされたジョンヨンは現場で逮捕された。彼女のかばんに入っていた麻薬は、オルリー空港でこれまで発覚された麻薬の中で一番多い量だった。「チャン・ミジョン事件に対するネットユーザーの意見がまちまちなのは知っていました。私たちの映画はチャン・ミジョンさんに過ちがないと主張する映画ではありません。家族の大切さ、人と人の力について語りたかったのです。『どんなにたくさんのお金をくれると言っても私ならできない』『麻薬であることを知らなかったはずがない』という気持ちは少しもありませんでした。チャン・ミジョンさんに共感したからこの映画を作ることができました。家賃が8ヶ月も滞った韓国の主婦に、『麻薬であることを知っていたのか、知らなかったのか』という質問は重要じゃないかもしれません。藁にもすがるその気持ち、原石でも運ばなければならないその現実に注目しました」
「マルティニークからの祈り」はこの過程でジョンヨンとジョンヨンの家族から目を逸らす在仏韓国大使館の姿を詳しく描いた。「一度だけ私たちの話を聞いてほしい」という叫びに、「韓国の公務員がそんなに暇そうか」という答えをロボットのように繰り返す彼ら。ジョンヨンの弁護に必要な通訳を雇うための予算はないときっぱり言いながらも高級マカロンを食べたり、2年間裁判を受けることができなかったジョンヨンにとって何よりも重要な陳情書にコーヒーをこぼしたりする。
「在仏韓国大使館を多少意図的に戯画化しました。アンタゴニスト(主人公と対立する人物)ラインを立てたわけです。コミカルまでではないですが、ある程度彼らを戯画化したいと考えました。映画の中で明確に見せるため戯画化しましたが、実際にも在仏韓国大使館の職員たちが更迭されましたよね。事実に基づきました。もちろん領事の仕事も重要ですが、こちらの話を聞いてほしいだけなのに無関心で一貫されましたので。在仏韓国大使館の職員を演じたペ・ソンウ、リュ・テホさんの演技がとてもよかったと思いませんか。ペ・ソンウさんが映画の中で食べたマカロンは、実際に現地でとても有名なマカロンです。『おい、それ一つが3000ウォンだからね。NG出さないで』と言いましたね(笑)」
「気の毒だったチョン・ドヨン、庶民的だったコ・ス」
「マルティニークからの祈り」はチョン・ドヨンにとって「カウントダウン」以来2年ぶりの復帰作であることでも映画界内外から注目を浴びた。常に“カンヌの女王”という重たい修飾語がつくチョン・ドヨン。彼女は今回の作品でも誠実かつ鳥肌の立つ演技で観客の期待を裏切らなかった。チョン・ドヨンは化粧気のないむくんだ素顔でジョンヨンが2年間不慣れな土地で経験した地獄のような日常の空気感をスクリーン越しに伝えている。「撮影に入る前にチョン・ドヨンさんと話したのは、『ジョンヨンをひたすら暗く描かないこと』でした。純真で少しは明るい人物に描きたかったのです。チョン・ドヨンさんは普通の人は経験さえしない大きな感情を演じながらも、細かい変化をうまく表現してくれました。ジョンヨンが仮釈放された後にむしろ苦しむでしょう?カリブ海の美しい風景と異なって撮影スケジュールはすごくハードでした。暑さに疲れましたし、休息時間もなかったですし。その時、ドヨンさんを見て『ジョンヨンそのものになって生きているんだな』と思いました。素晴らしいことですよね。気の毒でしたし」
前作の「容疑者X 天才数学者のアリバイ」でリュ・スンボムの新しい顔を発掘したパン・ウンジン監督は、今回の作品でも男性俳優の新しい一面を引き出すことに成功した。妻のジョンヨンを助けるために世の中に訴える夫ジョンベ役のコ・スは実際意外なキャスティングだった。“コビッド(コ・ス+ダビッド)”というあだ名があるほど彫刻のようなルックスのコ・スが借金の保証で小さなカーセンターまで失った、生活の匂いがするキャラクターをいかに説得力のある演技で表現するのか期待と共に懸念も多くあった。
「コ・スさんが演じるジョンベはどんなジョンベなのか、気になりました。予想可能なキャスティングではなく、ぶつかってみたかったです。コ・スさんの実際の性格はとても庶民的です。人に対する配慮がすごいというか。映画の中でジョンベがジョンヨンに酷いことを言うシーンを撮りながらも『愛する妻にどうしてこんな言葉を言うのですか』と苦しんだくらいですから(笑) 今回の作品のために体重を8キロも増やされましたが、途中ノロウィルスに感染して痩せてしまいました。そのため、撮影現場で他の人たちが休んでいる時にコ・スさんは食べ続けました。美少年のイメージが強い俳優である彼は、自ら従来のイメージを捨てたいという欲求が強かったです。結果的にもうまくやってくれました」
「誰にでも落ち込む時はあるはず…」
パン・ウンジン監督は「マルティニークからの祈り」を通じて、最終的には“人の力”を語りたかったという。チャン・ミジョン事件が放送を通じて世の中に知られ、チャン・ミジョン家族が力を得たのも結局人がいたから可能だったということだ。絶望の真ん中にいても、真心を込めた誰かの一言は希望になる。「人が持つ力を信じたいです。チャン・ミジョンさんもネットユーザーの力、夫の力、家族の力があったからこそ耐えることができたでしょう。私たちにチャン・ミジョンさんのように劇的な事件が起こる可能性は非常に低いですが、誰にでも落ち込む時はあるはずですから。人生には予想もできなかった瞬間にどん底に落ちることもありますし、親しい後輩に騙されることもあります。そうなるたびに人を信じて乗り越えてくださいと言いたかったのです。睨んで嘆いてもすでに過ぎたことじゃないですか。もちろん生きていると本当に悪い人もいるみたいですが(笑)」
1989年に演劇「妻の妹の私生活」でデビューしたパン・ウンジン監督は1994年の映画デビュー作「太白山脈」(監督:イム・グォンテク)以来、「学生府君神位」(監督:パク・チョルス)、「悪い女~青い門~」(監督:キム・ギドク)などを通じて印象深い演技力を披露してきた。俳優出身の監督だからこそ持っている力について聞くと「俳優たちが私を怖がることがあります」と冗談まじりで答えた。
「『容疑者X 天才数学者のアリバイ』の時は(チョ)ジヌン、(リュ)スンボムは私が怖くて演技ができないと言いましたね(笑) ほかの監督は知らない、俳優しか知らないことを私が知っているからなのか。私は『これもいいけど、次のテイクではもっと出せるかな?』と聞くタイプです。それがもっと怖いようです。『オーロラ姫』のオム・ジョンファさんもそうでしたし。私は俳優と合わせていくタイプです。具体的なディレクションよりは俳優が持っている魅力をそのまま観客に伝えようと努力します。もちろん編集や後半作業である程度は細工しますけどね。『マルティニークからの祈り』も俳優たちと合わせる過程が大事でした」
- 元記事配信日時 :
- 記者 :
- キム・スジョン
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