「別れる決心」脚本家チョン・ソギョンが語る魅力“想像を超えるエンディング”
「オールド・ボーイ」「渇き」「イノセント・ガーデン」「お嬢さん」など、これまでも唯一無二の作品で世界中の観客と批評家を唸らせ続けてきた巨匠パク・チャヌク監督の最新作「別れる決⼼」が2月17日(金)より全国で絶賛公開中!
カンヌ国際映画祭で監督賞を受賞した本作はサスペンスとロマンスが溶け合う珠玉のドラマ。数々の韓国映画祭でも軒並み受賞し、主人公2人のスリリングな駆け引きに、ハマる批評家や観客が続出した。
今回、Kstyleでは日本での公開を記念して、脚本家チョン・ソギョンにインタビューを実施。本作を制作したきっかけやパク・チャヌク監督との作品づくり、想像を超えることになったというエンディングシーン、観客との疎通まで、たっぷりと語ってくれた。
チョン・ソギョン:血が出るとか、何かを切るとか、そういう種類の暴力は、実は映画を見る瞬間、観客と即座に密接な関係を結ぶことになります。観客に短時間で恐怖や嫌悪感、そういう感情を呼び起こすので、映画を作る上で観客と関係を結び、別の感情にスライドさせる時、かなり役立つ装置です。おそらくそういう部分で、パク・チャヌク監督の以前の作品は暴力的なシーンやそういうものがたくさん出てきたと思います。しかし、今回の映画では少し自信があったと思います。そのような暴力がなくても観客とある種の感情的な緊密な関係を結ぶことができるという自信があり、私たちが追求しようとする感情の目標が暴力を通して進むというよりは、もう少し微妙で隠密な方法なので、過激なシーンを使わずにシナリオを仕上げるようにしました。そして、自分もあまり血が出るシーンは好きでは無いです。
――今回はパク・チャヌク監督の映画の中で初めての本格的なメロドラマとも言われていますが、この作品を始めたきっかけは何だったのでしょうか?
チョン・ソギョン:この作品はパク・チャヌク監督が「リトル・ドラマー・ガール 愛を演じるスパイ」というイギリスのドラマを撮っているときに、ロンドンに私が遊びに行ったのが始まりでした。 その時、久しぶりに監督に会ったのですが、私が今まで知っている監督の中で一番厳しい(辛そうな)顔をしていました。その前に監督からメールをいただいて、ある刑事の管轄区域で二人の夫を殺す女の話を作ってみようというお話をいただいたのですが。私は最初、その内容や雰囲気が『渇き』に似ていて、最初は嫌だと言っていたんです。でもロンドンで監督の大変な姿を見て、監督はシナリオを書くと元気になるのでシナリオを一緒に書いて癒さなければと思い、シナリオセラピーの一環として一緒にあらすじを書き始めました。
私が最初、監督のこのプロジェクトを断った理由の一つは、メロドラマに自信がなかったからです。しかし、私はタン・ウェイさんのファンだったので、もし女性主人公がタン・ウェイさんだったらメロドラマを書けるかもしれないと思いました。私自身がすでに女優タン・ウェイを愛しているから、だから彼女のことを想いながらこの映画のキャラクターを考えはじめました。
――キャラクターを作る過程で従来の作品と違った点、難しかった点について教えてください。
チョン・ソギョン:今回の映画が他の作品に比べて特に難しかった部分はありませんでした。パク・チャヌク監督とシナリオを書くときは、私が監督に何か書いて送って、監督がまたそれに別のものを追加して送ってくれて。このように多くのプロットを開発したり、進行していくのですが、いつもシンプルで楽しいです。
難しかった点を一つ言うとしたら、女性キャラクターを発展させるのに、タン・ウェイさんはすでに彼女の顔の中に多くの物語を秘めているのでそれほど難しくはなかったのです。しかし、男性キャラクターを作る時、この男は妻がいるのに新しい女性を愛するようになり、なぜかその2人の女性を両方とも諦めようとしないというのが果たして女性の観客からどのように受け入れられるか、悩みが多かったのですが、パク・ヘイルさんがこの役を演じてくれたことでそのような悩みが解消されたと思います。
パク・チャヌク監督との反対意見「この愛はどこか不公平」
――パク・チャヌク監督と作業するときは、一つのハードウェアと二つのモニターで作業するという逸話がありますが、今回も同じ方法で作業されたのでしょうか?チョン・ソギョン:通常、私たちが作業をするときは、一緒に話をたくさんして私がプロットを書いて、その後、原稿を私が最後まで書きます。それを修正する過程で一つのコンピューターのハードを共有してキーボードを2つ使う場合が多いです。
私は『渇き』を終えて第一子を産み、『お嬢さん』を終えて第二子を産みました。だから前よりも監督と一緒に仕事をする時間があまり取れなくなり、並んで座って修正する時間が減っています。『お嬢さん』を書くときも1~2週間くらい一緒に座って作業していたような気がしますし、『別れる決心』を書くときは、私が初稿を書いてから3~4日くらい一緒に座って修正して、あとはお互いに少しずつ修正してメールのやりとりをしながら書き直していきました。
――韓国のインタビューでパク・チャヌク監督が警察官の「マルティン・ベック」シリーズと「霧(アンゲ)」という曲を聴いてインスピレーションを受けたと聞いたことがあります。脚本を書く際、チョン・ソギョンさんもその二つを通してストーリーを描いたのでしょうか?
チョン・ソギョン:マルティン・ベックの小説を監督の推薦で何冊か読みました。そこに出てくる刑事たちはまるで私たちがオフィスドラマで見る勤勉なサラリーマンのように、真面目に一日一日を働きながら事件を追いかけていく刑事たちなんです。けど、そういう姿がヘジュンという刑事を作るのに少し影響したのかもしれないですね。私も監督もそうやって真面目に働く、一日一日働く生活人みたいな姿に惹かれたんだと思います。
そして、この映画が公開されてから監督がこの「霧」という曲から映画を始めたという話をするたびに驚きました。私はこの曲を聴いたことがなくて、もしかしたら監督が話したことはあるかもしれませんが、私は監督と音楽の好みがすごく違うんです。それは『親切なクムジャさん』の時から思っていて、監督が好きな音楽をそこまで積極的に聞かない方なんです。監督は深みのある韓国の古い曲が好きなんですけど、私はむしろヒップホップとかそういうのが好きで、古い曲は好きじゃないんです。
それで映画を見て初めて、「霧」という曲を聴くことになったのですが、思ったより良かったです。映画を何度も見ましたが、見るたびに「霧」という曲がすごく心に残りました。そして“霧”というイメージから監督は映画を始めたと言っていましたが、実は私は“霧”というものをこの映画ではただ論理的に受け入れました。
海と山の間のこの空間を何で埋めるか。それが霧だろうし、それが二人の気持ちを形象化するものなんだろうと思っていて、特に曲の“霧”とは結びつかなかったんです。
――今作を作る中で、パク・チャヌク監督とチョン・ソギョンさんが衝突した部分、反対意見を持った部分、またはあまりにも同じ考えだった部分があれば教えてください。
チョン・ソギョン:一番意見がぶつかったのは、私は最初にシナリオを書きながら、この愛はどこか不公平だ、ソレの方がもう少し愛してるように見えるし、ヘジュンはそれほど損をしないように見えるのが女性の立場からするとちょっと恨めしいというような思いがあったので、そのバランスを取りたいと思い監督と対立したりもしました。
そして元々、パク・チャヌク監督とは不思議なくらい気が合って、今まで書いたものを監督に送って面白くないと言われたことはほとんどなかったんです。他の方と仕事をするときは苦労することもしばしばあって、特にドラマを書くときはたくさん送り返されることもありました。だから、パク監督ほど私を受け入れてくれる人が他にいるのだろうかと思ったこともたくさんありました。
想像を超えるエンディング「すごく神話的なシーン」
――観客の反応は様々でしたが、いかがでしたか?チョン・ソギョン:私はカンヌ映画祭で上映されたときに初めて映画を見たのですが、最後のシーンでソレが車を止めた次の瞬間からすごく震えました。エンディングが終わるまで震えたり、悲しかったり、すごく感情が動揺しました。私は監督と一緒に映画を20年近くやってきて、いろいろな作品を作ってきましたが、私が書いた映画でこのように感じたのは初めてだと思います。
だから映画が終わってからは、まるでこの物語を知らない人のように純粋な観客の立場で、自分も心がすごく動くのを感じ、そんな感情を観客も感じてくれたのかすごく気になりました。また、このようにインタビューをしたり、映画ファンに会ってどう感じたかを聞くたびにとても新鮮で共感出来たり、自分もいつも同じくそう感じていると話したい気持ちになりました。
この映画は今、観客とのある種の親密な関係、深くて緊密な、とても個人的な関係を通して出会っているような気がして。そういう部分で、この映画はとても大切な映画だと感じました。
――想像を超える作品が出来上がったということでしょうか?
チョン・ソギョン:この映画は、シナリオを書く段階ではどんな感情で映画が終わるのか想像できない映画だったのですが、観客の反応を見て、この映画はこういうものなんだと気づいたんです。日本の観客は、少し微妙なこういうニュアンスのある感情をよく捉えられると思うので、日本での感想や反応がとても気になります。
――シナリオを書いたときに考えていたことが映像化されたとき、新たに感じたことがあれば教えてください。
チョン・ソギョン:『別れる決心』は、私が今まで書いた映画の中で一番シナリオと距離が遠い作品だと感じました。今まで書いた作品は、主に歯車の装置のようによく練り上げられた物語が多く、セットで進行されようが屋外で進行されようが、よくコントロールされた物語でした。『別れる決心』は書きながら、この映画には本当に自然がたくさん入るんだなと思いました。山や海だけでなく、ここに登場する感情も自然のように少し偶然的な場合がたくさんありました。だから、ここに入る感情や他の要素はシナリオライターとしてコントロールできるものではなく、それらを、その自然の動きを受け入れるときに出来上がるもので、この映画の良い部分はシナリオではなく、他の要素で満たされていると私は信じています。そういう意味でこの映画が好きです。
――思いもよらなかった意外なシーン、驚いたシーンはありますか?
チョン・ソギョン:私が予想していなかったシーンは最後のエンディングシーンでした。エンディングのシーンは、私にとってはちょっと論理的な帰結だったんですけど、私はソレが海の人なのに間違って山に生まれて苦しんでいた人だと思いました。だから彼女自身も海に行って、その間にヘジュンと出会った。ヘジュンと別の人生を考えることもできたかもしれないけど、山の高いところから降りてきて下の海に向かう道だと思いました。そんな論理的な旅だと思っていたのですが、いざ映画を観てみるとそれはとても神話的な終わり方だと思いました。ソレを探してヘジュンが海を彷徨っているのですが、こんなシーンをどこかで見たような……と思っていたら妻を失って地獄に行くオルフェウスのような男、すごく神話的なシーンだなと思いました。私が書いたときはそこまで意図していなかったのですが、ある偶然と自然の介入といろんな人の努力でそういうシーンになったのがとても嬉しかったです。
水が満ちてくるような、不思議とそうなってしまう映画
――映画の中でボイスレコーダーが印象的な役割をしていたように思います。ボイスレコーダーの役割は何だったのでしょうか?チョン・ソギョン:ボイスレコーダーについてはシナリオ作家に難しさがあるとするなら、人物の内面と別の外面を一緒に台詞で表現しないといけない部分があります。例えば、『親切なクムジャさん』にはナレーションみたいなものがありますよね。実はナレーションという装置は、映画の外から聞こえてくる声なので、安易に書くのはちょっと微妙なところがあるんです。でも、登場人物が日記を書いたり、そういう仕掛けも多いですよね。登場人物が自分の心の中の言葉を書いていけば観客に自分の心を表現できるでしょう。
ヘジュンは便利なことにスマートウォッチをつけていて、他の映画の探偵のようにメモを取るんじゃなくて、スマートウォッチに自分の今の捜査の手がかりとか、そういうものをメモしているんですが、それがヘジュンの心を露わにすることになりました。
私自身もボイスレコーダーを使い始めて、生活に電子機器がたくさん介入するようになったんですけど、そういうのが私にとっては便利でした。いつでも録音もできるし、写真も撮れるし。私たちは実際そうやって生きているんですけど、映画ではまるでそういうものがないかのようにするのもおかしいし。 だから、むしろみんながやっているように、できる限り録音して、写真を撮って、すべての機能を使ってみようと、そう思うようになりました。
――最後のシーンは、実際に映画を見た時にとても驚いたとおっしゃっていましたが、最初にシナリオを書かれた時に意図されたとおりになったのでしょうか?
チョン・ソギョン:映画のシナリオにはこう書いてあります、「ヘジュンは海辺で彷徨う」。だけど、ヘジュンの気持ちがどこまで行ったのか、シナリオを書くときは分かりませんでした。私たちが最後のシーンを見たときにどんな感じになるのか、実はこれもシナリオを書くときは分かりませんでした。でも、ひとつひとつの感情を積み重ねて最後に到達した後、「ただ波が渦巻く」って書いてあったんですけど、シナリオにも明らかに「波」と書いたのに、心が渦巻くような感覚を経験するんですよ。それが私だけなのか、他の観客もそうだったのかすごく気になったんですけど、他の人も同じくそう感じていることが分かってすごく驚きました。
そしてまた、「へジュンが海辺で迷子になる」って書いてあるあの簡単な一文も映画ではその先を感じることができる。そういうところが驚きもあり、良かったと思います。
――映画を見た後からインタビューをしている今でもこの映画に不思議な感覚を覚えています。
チョン・ソギョン:そういう部分ですね。 水が満ちてくるような、不思議とそうなってしまう映画でした。私はその感覚や感情がどこで、なぜそうなったのかが知りたくて、映画を見るたびに詳しく見ていたのですが。とても驚いたことの一つは、私たちが映画を作り、ドラマを作るときに、最も強力な観客とのつながりは、感情移入や同一視を通して作られるんです。感情移入や同一視は、目とか顔とか、クローズアップを通して行われるのですが、その時、人間の鏡理論というか、他人が私と同じように感じるようなものが活性化されるんです。でも最後のシーンでソレのクローズアップはないんです。シナリオの段階では、私はその点を知ることができませんでした。
でもこの作品では、「彼女の苦しみはこんなにも大きかったんだ」みたいなことを感じることができる。私はそれがすごく好きだったんです。
人が自分の苦しみや悲しみのために流す涙と、他人を思いやるために流す涙は全然違うと思ってました。たまに映画を見ながら涙を流すことがあるのですが、その時は目頭が熱くなるような感じなのですが、この映画を見た時に感じた感情は、胸が痛すぎる、ちょっとそんな感じだと思います。人のことを思う時に受ける感じ、その部分がまたとても良かったです。
――何か一生感じることのできない感情をこの映画で感じた気がします。人が一生の間、簡単には感じることのできない感情。
チョン・ソギョン:そうなんでよすね、こういう感情があるんだなって。そうなりますね。
――『別れる決心』のヒットでまわりからの反応はいかがでしたか? 韓国では考察もかなりされていますが、印象的だったものはありますか?
チョン・ソギョン:『別れる決心』は、今までよりも特別にみんなに好かれているような気がします。映画が終わった後、今までの中で一番たくさんメールをいただいた作品でもありますし、しばらく連絡を取ってなかった人たちからもたくさん連絡をいただいて、なぜだろうと考えてみたのです。一つは、この映画が終わって受ける感覚が例えば私たちがオリンピックで勝つチームの映画を見たときにみんなで感じる感覚ではなく、それぞれが自分の内面の一番奥深く、まるで一人か二人しか入れない部屋で受けるような感覚? そういう個人的にしか感じられない感覚を受けたので、それを他人と共有したかったんだと思います。
次は、この映画は観客が近づいた時にしか感じられないものがあります。シナリオに書かれているのは、「迷う」という内容だけでこの内容にどんな感情があるのか書かれていないのですが、観客がそれを、まるで海で貝を掘り出すように自分自身が直接見つけて感じなければならないんです。
だから多分、例えば、「あの携帯を海に捨てなさい」が結局、愛しているという言葉だと知らない人もいるじゃないですか。でも、見た人たちがそれを愛しているという意味なんだなと気づいたとき、すごくこの映画が好きになるんだと思います。自分が作り出したある感情、それを見た人たちがもっと表現してくれることで、一緒に作ったという感覚がより強くなり、そういう意味ではすごく大切な映画でした。
取材:Minさん
■作品情報
「別れる決心」
全国で絶賛公開中!
出演:パク・ヘイル、タン・ウェイ、イ・ジョンヒョン、コ・ギョンピョ
監督:パク・チャヌク
脚本:チョン・ソギョン、パク・チャヌク
提供:ハピネットファントム・スタジオ、WOWOW
配給:ハピネットファントム・スタジオ
原題:헤어질 결심 / 2022年 / 韓国映画 / シネマスコープ / 上映時間:138分 / 映画の区分:G
(C)2022 CJ ENM Co., Ltd., MOHO FILM. ALL RIGHTS RESERVED
<あらすじ>
男が山頂から転落死した事件を追う刑事ヘジュン(パク・ヘイル)と、被害者の妻ソレ(タン・ウェイ)は捜査中に出会った。取り調べが進む中で、お互いの視線は交差し、それぞれの胸に言葉にならない感情が湧き上がってくる。いつしか刑事ヘジュンはソレに惹かれ、彼女もまたへジュンに特別な想いを抱き始める。やがて捜査の糸口が見つかり、事件は解決したかに思えた。しかし、それは相手への想いと疑惑が渦巻く“愛の迷路”のはじまりだった……。
■関連リンク
「別れる決心」公式ホームページ:https://happinet-phantom.com/wakare-movie/
- 元記事配信日時 :
- 記者 :
- Kstyle編集部
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